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第58話 恋人と友達の境目6
(渉語り)
やっぱりやめておけばよかったと、ヒデさんに会った時に思った。
ヒデさんのバーは、とある雑居ビルの地下にひっそりと隠れ家みたいにある。店主のオープンな性格から、口コミで同性を好む人が集まってくる。だから、相手を見つける目的の人がいてもヒデさんは気にしてないらしく、そこら辺は割り切っている。
洋ちゃんを見た途端、ヒデさんは歓喜の声を上げて駆け寄ってきた。僕は年甲斐もなく若くて可愛い男の子が好きなヒデさんの性癖を思い出す。本当にエグいくらいショタ好きなのだ。
やめてー、僕の大事な洋ちゃんが汚れると、寒気で背中がぞくぞくした。
「ヒデは今はちゃんとした恋人がいるから大丈夫だって。洋一君はただの好みで、構いたくなるオジサンの癖だな。変な客に絡まれるよりヒデに任せた方が安心だから気にすんな」
確かに、洋ちゃんを放っておいたら誰かに口説かれる可能性は高い。洋ちゃんは私生活では特に隙があるので、僕が守らなきゃいけない。
「榊さん、やっぱり僕は洋ちゃんの側に行ってくるよ。心配だから」
洋ちゃんの後を追いかけようとすると、榊さんに腕を引っ張られた。
「渉は俺と話そう。5年ぶりに会えたんだから、こっちに座ってよ」
「え……なに言ってんの……?」
変な展開へ対応しきれずに思考が止まる。僕は洋ちゃんを恋人にしたくて必死で、5年ぶりに再会した榊さんは僕の気を引こうとしている。
一方的な矢印は何だろうか。
洋ちゃんとヒデさんは反対端のカウンターで仲良く話をしていた。すごく楽しそうな空気に、ちょっと……いや、かなり嫉妬した。
「では、再会に乾杯」
「………………乾杯」
後ろ髪引かれる思いで、榊さんのウイスキーとグラスを合わせる。
ヒデさんは、久しぶりにも関わらず僕がホットワインを好んで飲んでいたことを覚えていた。体が冷えない飲み物が好きなことも、お酒は1杯だけに留めておくことも忘れていなかった。
「本当に久しぶりだね。こうやって偶然にまた会えたことは奇跡じゃないかと思ってさ。俺はずっと渉に会いたかったよ。嘘じゃないって。渉のことはよく思い出していたんだ」
「まさか。榊さん、相変わらず忙しいでしょ。僕のことなんか思い出す暇なかったんじゃない」
僕に会いたかったとか、どの口が言ったんだ。榊さんからフェードアウトしようとしたので、僕から別れ話を切り出したのだ。
当時の苦虫を噛んだ思い出が蘇る。
それに奇跡を全く信じない超現実主義者だろう。
「いやいや。仕事は忙しいが、心はいつも渉を求めてたよ。ふとした瞬間に君の温もりが恋しくなったり、年甲斐もなくセンチメンタルになったもんだ」
「もう、嘘はいいから、洋ちゃんのところへ行かせてよ」
「嘘って決めつけんなよ。洋一君は落とせそうなのか?どれくらい頑張ってるんだ」
「3ヶ月とちょっと。どうなるかまだ分からないって言ってるでしょ」
「ははは、渉が苦戦するなんて意外だな。3ヶ月って脈ないんじゃないの?俺にしておきなよ。洋一君がその気になるまでの繋ぎでいいからさ、付き合おうよ。寂しいだろう」
いつぞやのデジャヴかと思う。
繋ぎでいいから、なんて言葉は僕が洋ちゃんに言ったセリフと似ていた。それを榊さんにそのまま返されて複雑な気持ちになる。
あなたが焼肉屋で僕を見つけなければ、告白できていたんだ。悪い結果かもしれないけど、何らかの進展はあったはずだ。
目の前の邪魔してくるオッサンに苛立ちに似た殺意を覚えた。
「無理。今は、洋ちゃんのことで頭がいっぱいだから、榊さんの入る余地なし」
「……少しでも?」
「すっっこしもない……わっ」
得意げに即答したら、榊さんが意表を突く行動に出た。見上げた僕の顎を指先で上げられて、彼に口を塞がれたのである。
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