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第59話 恋人と友達の境目7
(渉語り)
最後にキスをしたのは3ヶ月前で、洋ちゃんにおねだりして、やっとの思いで獲得したものだった。感触を残しておきたいのに、榊さんに上書きされた。
洋ちゃんの唇が消されて、大きなショックを受ける。更にショックなことに、キスしてるのを洋ちゃんにバッチリ見られていたことだ。
L字型の狭いカウンターだから、見られて当然だろう。洋ちゃんと目が合い、僕はすぐ榊さんから体を離す。
絶対に誤解された。
元彼に再会して浮かれてる男に見えただろう。
最悪だ…ものすごく最悪だ。
「っと、やめてよっっ。榊さん酷い。洋ちゃんの前で何してんだよっ」
涙声になりながら榊さんを非難して、手の甲で口を擦う。申し訳ないけど、気持ち悪かった。
「渉は相変わらず可愛いから、思わずキスしちゃった」
榊さんは昔のノリのままで揶揄ってくる。
僕は28歳だから、可愛いとか言われる年齢はとうに過ぎていた。
「僕の言ったこと聞いてた?榊さんの入る隙は無いって行ったでしょ」
「もちろん、聞いてたよ」
榊さんは平然な顔でウィスキーを口にする。
「減るもんじゃないし、挨拶だよ。キスぐらいで怒るなよ。そんな年じゃないだろ?渉はキスが好きだったじゃないか」
でも、やっぱり僕の好みのタイプだから、時々見せる笑顔にかっこいいと思ってしまう。
僕の乙女心が揺らいでいる。
だめだめ、僕は洋ちゃん一筋だと、心に気合を入れ直した。
「そこのお2人さん、また付き合っちゃうの?キスなんかしちゃってさ、ね、洋一君」
「ふふふ、渉君……」
洋ちゃんとヒデさんが顔を見合わせて笑っていた。知らないうちに榊さんに手も握られており、僕は慌てて振り払った。
「ち、違うから。僕は被害者なの。榊さんが猥褻なことを無理やりしてきただけだから。違う」
僕は必死で取り繕おうとしても、洋ちゃんは笑ってるだけだ。
「猥褻って、俺は犯罪者かよ。なあ?」
みんなして僕をバカにして、腹が立ってきた。
何を言っても無駄な気がしたので、静かに座って手元のグラスを煽る。溜め込んでいる言いたいことすべてを一気にワインで流し込む。
口に含んだ飲み物は、甘くて、温かくて、まるで洋ちゃんのようだ。蜂蜜の甘ったるい香りと、シナモンで肩の力が抜けた。
「お、おい渉……お前、酒に弱いくせにそんなに一気に飲んで大丈夫か」
「うん。大丈夫。へーき。これももらうね」
ついでに榊さんのウィスキーも一気に飲む。
驚いた榊さんを尻目に気分が高揚し、得意気になってきた。ごめんね、お行儀が悪かったかもしれない。
「まっず。榊さんこんなのいつも飲んでんの?」
苦い液体に舌が痺れて火が通ったように喉元が熱くなる。
「ウイスキーは後から来るぞ。座れって」
「すわらません……ふはっ、久しぶりにこんなに飲んだかも……」
立ち上がっていた僕は、榊さんに座るように引き寄せられた。頭がぐるぐる回っていて、すべてがピンク色に見えてくる。
そうすると、込み上げてくる熱い思いがあった。今まで自分が抑えてきた言えなかった胸の内だ。
「榊さん、僕ね、やっぱり洋ちゃんも好きなの。だけどねぇ……榊さんもかっこいいっておもっちゃった。5年まえ、本当は別れたくなかったもん……」
「…………渉……」
そんなこと言うはずじゃなかった。
僕は洋ちゃんが好きだけど……でも報われない。
一生懸命フォローしても何も変わらない気がしてきた。
悲しい思いがお酒のせいで更に助長されて、涙と共に吐き出すように榊さんに話しかけていた。
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