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第66話 真夜中の片思い3
(なごみ語り)
大野君の説明はこうだ。
契約書が無いことに気づいたのが18時頃、それから1人で探すこと4時間余り……
自分がいるフロアには見当たらなくて、階下までやってきたが見つからなかったらしい。
冷静に考えたら違う部署のゴミ箱は無いだろう。
ドラマの世界みたいにわざと嫌がらせをする奴がいたら話は別だ。そしたら確実にシュレッダーをするだろうから、現物には再び出会えないと思われる。
「課長には報告した?」
「一応報告しました。夜遅いから明日探せって言われたけど、A商事だし、考えたら居ても立っても居られなくて。」
うちの会社の契約書は同じものを2部作成する。
1部はお客様が持って、1部はうちが保管する。もちろん、契約書には顧客情報が記されているし、互いの社印が押してあるから失くしたら間違いなく懲戒だ。
ちなみに大野君は、2部とも紛失した。
しかもA商事はうちの大口顧客だが、ここ最近、会社関係があまりうまくいってない。契約書が見付からなければ、大野君のミスを口実に契約を打ち切られる可能性が高かった。
営業じゃない僕でも分かる。
大野君は崖っぷちに立たされていた。
信用は積み上げても小さいミスで一瞬に無くなる。
「とりあえず深呼吸して。落ち着いたら、上階に戻ろう。そこでもう一度探そうか。」
「あそこは俺が散々探したから、無いと思いますよ。」
「別の人間が違う角度から冷静に見た方が発見できたりするだろう。大丈夫、きっと見つかるから、とにかく探そう。」
縋るような目で大野君が僕を見てくる。
よほど不安だったのだろう、さっきから力一杯握りしめていたスラックスは、手汗でシワシワになっていた。
「ほら、行こう。大野君をクビにはさせないから、そんな顔しないの。らしくない。」
「はい。すみません。俺………ホントに情けなくて……」
感極まった大野君が声を詰まらせる。
「泣くのは見つかってからね。」
ぽんぽんと頭を撫で、僕は深呼吸した。
まるで小動物を見ているようで、本当はもっと触りたかった。だけど、一瞬渉君の顔が浮かび、出した手を引っ込めてしまう。渉君は大野君のことを特に良く思っていない。恋人を悲しませることはしたくなかった。
すぐに上階へ向かう。
僕たち以外誰もいないオフィスは、閑散としていて静かすぎで耳が痛かった。
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