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第74話 大野のズル休み3
(大野語り)
起きたら15時だった。
さっきよりは頭がクリアになっている。
兄貴が床に投げた紙を拾い、まじまじと眺めた。『朝日鍼灸院』はここから自転車で15分くらいにあるらしい。今日は特に用事はなく、幼馴染の店へ顔を出しがてら寄ってみようと重い腰を上げた。
携帯を見ると、なごみさんから俺を心配するメッセージが来ていた。見た瞬間に顔が緩むが、なごみさんへの気持ちを忘れようと思い立つ。恋人ができた人に付きまとうほど、みっともないものはない。
そこまで自分を下げたくないのも本音だけど、なごみさんを前にすると抑えが効かなくなってしまう。
メッセージは既読せずに放置した。
俺が出来る唯一の距離の置き方だ。
久しぶりの自転車は快適だった。
深夜に比べると日差しがあるぶん暖かいが、まだまだ2月は寒い。昼間に仕事以外で外へ出るのは久しぶりだ。休みは疲れてほとんど寝ているから、太陽を浴び生命を全身で感じることも必要だと思った。
俺以外は仕事をしている妙な感覚に優越感さえ覚える。冷たい風が気持ちいい。
朝日鍼灸院は、迷うことなく辿り着いた。
病院みたいな佇まいに一瞬怯む。
気軽にやってきても鍼は初体験で、刺すんだよな……と今更ながら怖くなった。
先尖ってるし、痛いだろうか。兄貴に詳しく聞くのを失念してしまった。
「こんにちは。初めてですか?ご予約されてますか」
家と同じ引き戸を開けると、受付のお姉さんがにっこりと微笑んだ。
「いえ、あの……」
和菓子の包みを差し出し、兄貴の名前を告げる。
重すぎで恥ずかしくなる。兄貴よ、作りすぎだろう。一体何人で食べるんだよ。
「少々お待ちくださいね。待鳥先生に確認してきますから」
そう言われて受付で座る。カーテンで仕切られた空間には、他には誰も見受けられなかった。
もう少ししたら、通勤帰りの患者で賑わうだろう。
「お待たせしました。大野………あ……君は……」
「………あ、え?………なごみさんの……」
やってきた〝待鳥先生〟は、なごみさん家で会った渉という奴にそっくりだった。
そっくり……いや、たぶん渉さん本人だ。
忘れようとした矢先にライバルに会うとは俺もツイてない。ってかこの人、先生だったのか。
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