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第76話 大野のズル休み5

(大野語り) 「で、すごすごと逃げ帰ってきたわけ。ずる休みの大野さんは」 「ずる休みって言うな。ズルだけど立派な休養だ」 ビールを一気に飲みながら大地に言われた。 鍼灸院の帰りは、幼馴染に会うために呉服屋へ寄った。早めに仕事を切り上げてくれたので、これまた友達がやっている居酒屋へ行くことにする。身体は心地良いダルさに包まれていたが、心境は最悪だった。 渉さんに負けた。勝負しなくても結果は分かっている。なごみさんが益々遠くなって、夢みたいな理想がパチンと弾けて消えた。 俺がなごみさんを好きになった経緯を話すと、大地は黙って耳を傾けてくれた。昔から突拍子もない事をやっても大地だけは無下に否定せず、黙って見守ってくれた気がする。 「あのさ、君たちみんな男で三角関係なのが俺的には1番気になるんだけども、まあ……それは置いとくわ。隼人は、たまたまその先輩が好きになった。百歩譲ってそこまでは分かる。で、待鳥先生は先輩が好き。それも一目瞭然だ。じゃあ先輩は誰が好きなの? 元カノ?元カレ?待鳥先生?隼人?一体男と女どっちが好きなの?」 「わかんないけど、今は彼女がいるって。この間別れたのも女だと思う。なごみさんはそっちじゃないよ。たぶん……」 「それ本当なのか。お前さ、先輩のこと信じすぎじゃない?この際ハッキリ言うけど、あくまで俺の考えだからな。ショック受けんなよ」 大地はゆっくりと間を開けて勿体ぶったそぶりを見せる。なんだよ、今更ショックなんてない。 なごみさんにも渉さんにも会ったことないくせに、大地には何が分かるんだよ。 「たぶん、待鳥先生と先輩はデキてる。あるいはデキる手前で、お互いの意思は疎通済みだと俺は思う。 待鳥先生の余裕っぷりが気になるんだよ。ライバルだからって、本当に笑って言うか?俺なら言えない。俺のものだってアピールするだけで精一杯だ。必死さが全くない。お前のことを手のひらで転がすように、あしらってただろ。だからさ、お前はただの当て馬で部外者だ。2人はきっとホモだ。諦めろ、隼人の入る隙間は1ミリもない」 「………………はあ?……」 何言ってんの?大地は幼馴染だからって言っていいことと悪いことがあるだろ。 なごみさんと渉さんが、デキてるって。 だけど、考えてみると思い当たる節は幾つかあった。 なごみさん家に泊まった時、渉さんとくっつくように朝ごはんを作っていて、ただ仲が良いだけかと思っていた。反対に渉さんは俺にものすごく攻撃的だった。 それに比べると今日の対応は、はるかに大人で、余裕綽々な感じはした。 そしてコンパの時もなごみさんは全く楽しそうに見えなかった。具合が悪いのかと心配になったけど、本当は女の子自体が嫌だったと考えたら納得がいく。 俺が前付き合っていた佐々木さんも苦手なタイプだろう。確かにいい反応は貰えなかった。 大地の言っていることが信憑性を帯びてきて、ショックというより俺だけ蚊帳の外だったことに悲しくなった。しかも指摘されるまでは全く気付かず、更にイタイ自分になっていただろう。 ずる休みを取ってリフレッシュどころか、ボディーブローを受けて瀕死に近くなってしまった。

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