77 / 270

第77話 大野のズル休み6

(大野語り) 精神的ボディーブローと、初めての鍼で身体が思うように動かなくなったので、大地と別れてひきずるように家に帰る。鍼の後は、アルコールを控えろと渉さんに注意されたんだった。血行が良くなったせいで酒の回りが早くなるようだ。 折角休みを取ったのにふんだり蹴ったりだ。 契約書を失くした時点で俺の不幸が始まっていたらしい。だけど、なごみさんと2人の時間が持てたことは素直に嬉しかった。 家に帰ると、見るからに浮き足立っている兄貴が視界に入った。もう10時を過ぎてるけど、寝る気配がない。朝早いくせに何やってんだよと視線を送ったら、にやにやがこちらへ寄ってきた。 「おおー隼人。あのな、少し前に待鳥先生からお菓子ありがとうございますって、お礼の電話があったんだよ。すごく美味しかったって。兄ちゃん嬉しくてさ、次は桜餅を頼まれた。案外庶民的な味が好きみたいだな。待鳥先生は寒天寄せとか似合いそうなのに。な、な、そう思わねえか?」 どこをどう突っ込んでいいのか、さっぱり分からない。寒天寄せが似合うって意味がわかんねえ。 兄貴よ、待鳥先生はなごみさんが好きらしいぞ。 だからさ、待鳥先生に憧れていても何も報われないから、俺みたいになる前に諦めたほうがいい、と声を大にして叫びたかったが、やめておいた。 「兄貴って待鳥先生が好きみたいだけど、ホモじゃないの」 代わりに、単刀直入で聞いてみる。 「は?ホモ?違うって。何それ。待鳥先生は好きとかそんなんじゃない。憧れというか、手の届かない存在というか、居てくれるだけで癒されるというか。見てるとドキドキする」 ホモよりたちが悪い。絶対にないと思うが、渉さんから言い寄られたら喜んで付いていくだろう。 風呂にも入らず、寝るつもりでベッドへダイブした。 うつ伏せでポケットから携帯を取り出すと、なごみさんからのメッセージが複数確認できた。 俺を心配するものや寺田さんが怒ってるよという恐ろしい内容まで、ゆっくり読んだ。 なごみさんは、ただの後輩を思いやる先輩だってことか……そういうところも嫌いじゃない。 俺は『ありがとうございます。明日は出社します。』とだけ送信した。 引き返すことが出来たら、どんなに楽か。 そして、なごみさんの気持ちが俺に向いたらどんなに幸せだろうか。考えていたら涙が少し出て、いつの間にか寝ていた。

ともだちにシェアしよう!