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第78話 渉の訪問1
(なごみ語り)
眠いのを一度通り過ぎると、しばらく覚醒後、再び睡魔に襲われる。それを何度か乗り越えると、ランナーズハイのようになり、身体は疲れているのに頭が冴えておかしな状態へと陥る。
起きている時間が長いせいか、終いには瞬きをすると目が痛くなってきた。どこかでご飯を買う気力もなく、ふらふらと家路を急ぐ。
とんでもないけど残業は無理だった。
しかも大野君は休んでた。
僕だって休んで寝たかった。寺田が激怒していたから、明日は相当絞られるだろう。せいぜい怒られるがよい。もう助けてやんない。
マンションの部屋の前で誰か座っているのが見えた。今一番会いたい人が、ドアの前でうずくまっている。
「渉君……?どうしたの」
渉君はいつも連絡をくれるので、何も言わずに会いに来るのは初めてだった。
「洋ちゃん。お疲れさま。ちょっと会いたくなって来ちゃった。これお土産。患者さんから沢山もらったの。和菓子だよ」
彼は左手に和菓子の包み、右手にスーパーの袋を持っていた。
「どうせ食べるものないでしょ。これからシチュー作るから一緒に食べよ」
渉君の優しさに涙が出そうになる。
当然、お腹はものすごく空いていた。
渉君がキッチンに立ち、料理を始める。
洋ちゃんはお風呂に入っておいでと言われたので、お言葉に甘える。湯船に浸かりながら渉君が突然来た理由について考えた。残業か聞かずにドアの前で待つなんて渉君らしくない。
何かあったのかな。後で聞いてみよう。
湯船の中でぶくぶくと息を吐くと泡が揺れては消えていき、その様が面白くてしばらくやっていた。疲れがどんどんお湯へ溶けていく。
お風呂から出ると、シチューのいい匂いが部屋に充満していた。条件反射でぐぅとお腹が鳴った。
「もうすぐ出来るから座ってて」
「うん」
髪を拭きながら答えた。
僕の家は1DKで、ダイニングにテーブルと椅子が2脚置いてある。使わないくせにキッチンは人並み以上に広いのだ。言われた通りに座っていると、渉君が温かいシチューとサラダ、バゲットを並べてくれた。
いつものように2人で手を合わせて『いただきます』をする。
「おいしい。ありがとう」
渉君の作るものは何でも美味しい。完走を述べると、渉君が嬉しそうに笑って答える。
「いいえ。沢山食べてね。いっぱい食べて早く寝なよ、お疲れさま」
「ねえ、今日は突然どうしたの。何か嫌なことでもあった?」
「え、あ……うん」
僕が聞くと、渉君は気まずそうな顔をした。
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