（大野語り） だからってさぁ…… なごみさんと世間話をした後、食事に誘おうと思って口を開きかけると、 「はい、大野君。これ間違いだらけでやり直し。減価率がめちゃくちゃだから、再度申請して。必ず今日中にね。お疲れさま」 と笑顔で書類を返された。 俺の好きな笑顔は容赦がない。なごみさんは俺に対して絶対ドSだ。 夕方客先からオフィスに帰ってきて、仕方なく机にかじりついて申請をやり直した。苦手な減価率を必死で計算する。ようやく終わったのが夜8時過ぎで、疲れた頭で帰るためのエレベーターを待っていた。 くやしいが渉さんに鍼を打ってもらったせいで身体の調子はいい。足が軽く疲れもいつもより感じない。そんなことをぼんやりと考えていると、エレベーターが開いた。 中に乗っていたのは『冷徹男』と天上人らしき2人だった。 うわっ、あの有名な東さんだ…… ミーハー全開な俺はエレベーターに乗った。 東さんの後ろに回って立つ。 背筋がピンとして背が高く、180センチの俺よりも高かった。相変わらず姿勢がよくて冷たい雰囲気を醸し出している。 スーツもオーダーらしく、身体に合っていた。 仕事もできて社長秘書とかやって、しかも天上人の憧れだなんて、悩むこともないだろうに。 まさに会社カーストピラミッドの頂点だ。 そんな冷徹男は、天上人秘書室女子2人に囲まれていた。周りに高貴な花が咲いている。 「東さんはこれからどこか行かれるんですか？」 彼女たちは基本上目遣いで、上がった口角と瞳の中にはハートが見えるようだった。 噂はあながち嘘ではないらしい。 モテるのは羨ましいと、横目でチラリと盗み見する。 「いや、これから友人と会う約束があるんだ」 東さんは彼女達を一瞥もせず答えた。 「えー、ご友人も一緒に食事とかどうですか？私たちも2人だし……ねえ」 やんわり断られたのに、めげていない。 東さんはしばらく無言だ。 どう断るか考えているようにも見える。 次の一手が気になった。色々と今後の参考にさせてもらうため、静かに見守った。 「ごめん。俺さ、法人営業部の大野くんと風俗行く約束してるから無理」 「…………え……」 東さんがいきなり後ろを向いて彼女達に聞こえるように言った。ふ、ふふーぞく？俺と？ 天上人の驚いた顔と俺を睨むような目つきは、恐ろしくてしばらく夢に出てきそうだった。