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第87話 東と大野4
(大野語り)
エレベーターが1階へ到着すると、彼女達は俺を思いっきり睨みつけた後、東さんには爽やかな挨拶をして帰って行った。
俺は完璧に被害者なのだが、彼女達には分からないだろう。
「悪かった。ああでも言わないとあの子達は納得しなかった。毎日毎回性懲りも無く、入れ替わり立ち替わり誘われると疲れるよ。もう何でもいいから断りたい」
東さんは俺に謝ると並んで歩き出した。
「君は、佐々木の部下だよね。確か契約書失くした大野君」
実際に失くしたけど、その覚え方は酷い。東さんの指す佐々木とは、うちの課長の名前だ。
「その大野です。貴方は東さんですよね」
「俺の名前を知っていたのか」
「ええ。課長から聞きました。あの……東さんは、秘書室の女の子が嫌いなんですか?」
みんな綺麗で化粧もきちんとしていて、外見は申し分ない。仕事もそれなりにしているだろう。可愛い子達の集まりなのだ。
その中から東さんのお眼鏡に叶う子が居ても、おかしくないと思った。ハーレム状態からの素朴な疑問だった。
「君も彼女達狙いか。悪いことは言わないから止めておいたほうがいい。『天上人』とか言われて図にのって、お高くなりすぎだ。下品で、男のことしか考えてないよ。俺が風俗に行くって今頃秘書達のグループメッセージに流れているだろうから、大野君は悪い意味で有名人だな。明日から無視されるだろう」
ははは、と東さんが笑った。
俺にとっては笑い事ではないと、真面目に焦る。
「ちょっと待ってください。俺はもう嫌われたんですか。滅多に役員と話す機会は無いですけど、今後仕事が進まなくなったら困ります」
「秘書室に用があったらすべて俺を通してくれればいい。俺がすべてやる。お詫びにそれぐらいはやらせてほしい」
流石ハイスペック男と呼ばれるだけある。
話し方には説得力があるし、自信に満ちている。簡単に俺がやるよ、は言えない。
「はあ……じゃあ、よろしくお願いします」
すべての原因を作ったのは東さんだし、お言葉に甘えることにした。
「大野君、これから暇?」
東さんがこっちを向く。
冷たい目が薄っすらと細くなり、笑みを讃えると優しい表情になった。そりゃあ、冷徹男だって笑うだろう。笑顔は普通に優しく見えた。
「ええ、まあ……まさか、風俗には行かないですよ」
「行くわけないだろう。君、面白いね。これから飲みに行こうか。美味しいものでもご馳走するよ」
どっちみち東さんと飲みに行ったなら、秘書室の女子には嫌われる運命だった。結果は同じなのだ。俺は軽く東さんに肩を抱かれて再び歩き始めた。
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