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第89話 東と大野6

(東語り) 同期の佐々木が可愛い子を連れて秘書室へやってきた。聞けば契約書を失くしたそうで、項垂れている感じが俺の好みだった。まるで捨てられた子犬だ。 下品な女子の中で息苦しい毎日を過ごしていたからか、俺の心は腐りかけていた。内心悪態をつきながら、くねくねと擦り寄ってくる女どもの相手をするのは心底辟易していた。 周りから『冷徹男』と呼ばれているのも知っている。 俺は別に冷たい訳じゃないのだ。なるべくなら笑っていたい。そうしないと彼女らに侵食されるから、仕方なく自分を守るためにやっていただけだ。 秘書室へ転勤になったきっかけを作ったあの人は10年近く音沙汰無しで、俺の生活は良くも悪くも澄み切っていた。 大野君は真っ直ぐで可愛い。 そしてノンケのくせに男に片思いしていて、普通では有り得ない状況が俺には魅力的だった。 彼は泣きながら想い人を語ってくれた。 それを見ていると、社会人になりたての頃の甘酸っぱい恋愛を思い出した。 こんな子が俺のそばにいたら毎日が楽しくなるだろう。まるで心を弓矢で射抜かれた様に大野君が気になってしょうがなくなった。 色眼鏡越しの大野君が輝いて見えた。 ただ、相手の『なごみさん』への想いは根が深そうだ。そんなに想われている『なごみさん』が羨ましくもあった。彼には恋人がいるようだから、そのうち大野君はフラれるだろう。 時間をかけて大野君を取り込もうと思った。 ゆっくりゆっくり俺側に来てもらえればいい。 まずは大野君の気が済むまで、目一杯片思いをしてもらおう。そして、フラれたら精一杯慰めてあげよう。 久々に楽しみが沢山できた。 これで少しは秘書室の女子達に優しくできるかもしれない。

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