90 / 270

第90話 揺れる乙女心1

(なごみ語り) このごろの大野君がおかしい。 僕を全く頼ってこなくなった。 今までは僕の仕事に関係ないことまで聞くので、主幹部が違ってもわざわざ調べて教えていた。何かに困ったらすぐ彼から電話が来ていたから、ほぼ毎日大野君の世話を焼いている状態だった。 ところが今週に入り、大野君からの内線電話が全く無くなったのである。最初は休みかと思っていたが申請はしっかり上がってくるので、出社はしているようだ。何はともあれ雑務が減ると早く帰れた。 これで渉君とゆっくり過ごせたら最高なのに、しばらくは会えそうにもなかった。 具合が悪い恩師のため、渉君は当面の間、遠くの治療院へ応援に行くそうだ。だから、あまりうちにも来れなくなる。今週末も1人でベッドを下見に行く予定だ。 昼過ぎ、課プロジェクト関連の報告書を提出するよう課長に頼まれて、大野君の部署へ向かった。 営業マンとは強引な申請で喧嘩腰になることが多く、面と向かってあまり会いたくない。だが、殆ど外回りに出掛けているようで法人営業部は閑散としていていた。 ホッと胸を撫で下ろして中へ入る。 佐々木課長と事務の女の子、あと何故か大野君が席にいた。 書類を佐々木課長に渡し、大野君に声を掛けようと近寄ると、何やら楽しげに電話をしている。 口調を聞いていると客先ではないらしい。 だけど友達でもない誰かと談笑していた。 「なるほど。そうなんですね。ありがとうございます。助かりました。いつもすみません。はーい、また飲みに連れて行ってください」 電話を切って、再び仕事に入る大野君に背後から声をかけた。 「大野君……」 「うわぁっ、ああ、な、なごみさん。なんでここにっ」 椅子から跳ねそうな位、彼は驚いた。 ただ声をかけただけなのに、大袈裟だ。 「課長のお使い。大野君、元気だった?最近電話が無いから生きてるか心配だった」 「生きてますよ。俺だってなごみさんに頼らなくても何とかなるんです。えへへ。褒めてください」 なんとなく余裕に見える大野君に僕は苛立ちを感じる。 嘘だ。 そんな短期間に人は変われる筈がない。 ましてや不器用な大野君だ。 僕ではなく別の誰かを頼っているのではないか。楽しそうに電話口でさっきまで話していた相手がそうに違いない。今まで懐いていた飼い犬に嫌われたような、苦い気持ちになった。 まだ噛まれた方がマシだ。 「そっか。頑張って。じゃあ帰るね」 こんなことで心が乱れるとは僕らしくもない。 寂しくなって早々と法人営業部を後にした。

ともだちにシェアしよう!