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第93話 揺れる乙女心4

(なごみ語り) 結局、大野家の人々について話を聞いていたら、寝るタイミングを逃した。 大野家は両親とお兄さん、大野君と、お祖父さんの5人家族で、下町で和菓子屋さんを営んでいる。 お兄さんが後を継いで意欲的に活動をしているらしい。以前食べた和菓子は、可愛らしく見た目も鮮やかだった。 一言で言うとセンスが良かった。きっとお兄さんは、手先が器用で視覚にも長けているに違いない。 そして渉君に心酔していて、治療院に足繁く通っているとか。ハマればとことん突き詰めるお兄さんは、暇があれば鍼灸についての本を読んでおり、次は資格が取りたいと言い出しかねないと大野君は心配していた。 大野君に兄弟の有無を聞かれたが、いないよ、とだけ答えた。家族の温かみも本やドラマで見たことはあるが、よく分からない。 体験したことがないから想像するのみだ。 僕と母は音楽でしか繋がっていなかった。 褒められるのも、叱られるのも、ピアノに関することだけだ。今は殆ど何してるのか知らない。 時々帰る実家は母方の祖父の家だ。 半分ぐらい来た所で、サービスエリアで休憩をした。建物内は人ごみで溢れていて、ゆっくり話ができない。しょうがなく缶コーヒーを買って、外のベンチに座る。 「お昼ご飯、何食べましょうか。調べたら、ここの海鮮丼とじゃこ天が有名みたいです。」 大野君がスマートフォンを取り出して、とある店を見せてくれる。2人でこれが美味しそうだと話していたら、突然大野君の携帯が着信した。 「あ、兄貴から電話だ。タイミング悪」 ディスプレイには『兄』と一文字だけ現れている。確かに兄だけど、兄って表現に内心笑った。 だが大野君は着信を無視した。 「お兄さんからだよ。出なくていいの?」 「どうせ面倒臭い事だからいいです。で、ここでいいですか」 再び話の途中でお兄さんから着信があった。『兄』がディスプレイに現れて、しつこい位に携帯内で『兄』が主張する。大野君も無視に一貫していて、終いには着信を切った。 「大野君……電話に出ようよ」 「嫌です。絶対に悪い予感しかしない」 お兄さんは余程の用件があるのだろう、最後は僕が無理やり通話にして、大野君の耳に押し付けた。 「えっ、なごみさ、あ、兄貴……何だよ。今出先だから無理。えっ、親父が?でも無理なんだってば。うーん。無理」 大野君が泣きそうな瞳で僕を見た。 どうやら和菓子屋さんで何かがあったらしい。

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