103 / 270

第103話 悪い予感3

(なごみ語り) 夕方、もぞもぞと起き出し、身支度を整えて街へと繰り出した。駅へ向かう途中、満開に近い桜の木を見かけた。2人で見上げる桜は何故だかとても憂いを含んでいて、咲く喜びよりも散ってしまう悲しみに胸が切なくなる。 来週はきっとお花見日和だ。 渉君と一緒に行けるといいなと思った。 誰もいない道で手を絡ませながら、他愛もない話に花を咲かせる。 僕は大野君への気持ちを封印した。 忘れるという行為は、意識してやろうと思っても、できるものではないと知っていながら、忘れようと努力した。結局は時間が解決してくれるまで待つしかなく、相変わらず今まで通り接してくれる大野君には感謝しかなかった。振り回して、傷つけてしまった僕は、彼に何かをする資格はない。 唯一恋人と居る時間だけが全てを忘れることができた。渉君と身体を重ねると、ざわざわとしていた心が落ち着いていき、彼を素直に好きだと思えた。 所詮、僕たちゲイとノンケの大野君は住む世界が違う。彼には素敵な女性が似合うんだ。そう思い込むことにした。 行きつけのパスタ屋さんで軽く夕飯を摂って、ヒデさんの店へ向かう。 ヒデさんは僕達の来店に凄く喜んでくれた。 すりすりと間近まで頬を寄せてくるヒデさんを渉君がやんわりと引き剥がす。 「うわぁ、洋一君久しぶり。凄く会いたかった。まだ渉とラブラブ?喧嘩したらすぐ俺のところにおいで。慰めてあげるからね。もう、可愛らしい。ほっぺがツヤツヤ」 「だーめ。洋ちゃんは僕のなの。今日は商売道具持って来たから鍼してあげるよ。さ、椅子持って来て」 「えー、まだ触りたかったのに。しょうがないけど、渉の鍼に勝るものはないから洋一君、後でね」 椅子を持って来たヒデさんに、渉君が鍼を打ち始めた。肩のツボを押さえながら、色々と注意している。 『腕枕をやりすぎ』とか、『裸で寝てるでしょ』とか、終いには『セックスやりすぎ』とか言われていた。 可愛い年下の彼氏のために頑張ってるんだなと思いながら、笑って聞いていた。 僕には僕の世界がある。渉くんがいて、ヒデさんがいて、落ち着ける空間がある。まだ大丈夫だ。大野君がいなくても平気だ。 そうしているうちに、他のお客さんが来店してきた。 小さいお店だから、誰か来たらすぐわかる。ビールをオーダーをする声に僕は驚いて振り向いた。 「あれ、なごみさん……」 「……大野君……?」 彼の隣には秘書室の冷徹男、東さんが一緒にいた。

ともだちにシェアしよう!