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第104話 東の思惑1

(東語り) ※少し時間が戻ります。 秘書室の女どもが、大野君が役員フロアに顔を出すと騒めき出す。最初は俺に対しての嫉妬かと思っていたが、どうやら違うようだ。 俺とのエレベーター風俗事件で、一躍有名になった大野君は、あいつらに良い意味で狙われていた。金持ちでも無く、外見はいい方だが目立って格好良くもない、ごく平凡な若者だ。 だが、どんなに頑張ってもあいつらに彼を落とせる訳がないのは確信していた。彼の可愛さを知っているのは俺だけで、しかも大野君は片思い中だからだ。それを思うと笑みを隠せなくなる。 「大野君は、もう『なごみさん』のことはいいの?あんなに好きだったのに、簡単に諦めたんだ」 彼が決定的に振られて数日経ったある終業後のことだった。俺はとある居酒屋で大野君と向かい合わせに座っている。全室個室の居酒屋は、他人に聞かれたくない話をするのにもってこいだ。 決定打で振られた次の日は、手がつけられないくらい荒れていた。飲むペースも尋常じゃ無く早いし、俺も物好きだなと思いながら、べろんべろんに酔っ払った彼をタクシーに乗せて家まで送った。 本当は自分の家になり、ホテルなりに連れこめば大野君をモノにできたのだが、それだと面白くない。 大野君から俺を求めてくれるまで、下心を悟られないよう、ゆっくりと追い込んでいきたかった。 なんかもう過程が楽しいからこんなことをやっている訳で、趣味のようなものだ。 「ああ……もういいっていうか、向こうから完全に拒否されたんで、今は諦めるために自分を納得させてる段階です。大分平気にはなりました。普通に会って仕事の話ができるようになりましたし、なごみさんも何事も無かったかのように普通ですから。要は時間と忍耐です」 箸先で焼き魚を剥きながら、大野君が答えた。 彼は魚を綺麗に食べる。魚は食べるのが面倒だと俺が言うと、解した魚を先に俺へ分けてくれるようになった。それに飲み物が無くなるとすぐ気付く。 こんな気遣いができる子が何故こっぴどく振られるのか、俺には理解ができなかった。 「どうぞ。今日のも美味しそうですよ。」 そう微笑んで俺の前に魚を取り分けた皿を置いた。

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