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第110話 交差する想い4

(大野語り) なごみさんの前であそこまで言うことないのに。たぶん今までの俺なら立ち直れなかった。 東さんはハイパー酷いよな……と思いながら、夜道をずんずん歩いた。終いには走りたくなり、全速力で駆け出した。 夜風が頬をすり抜けて、走ることに集中する。体が跳ねる度に心も晴れていく様だった。 どれくらい走っただろうか。 疲れたので近くの公園に入り、ベンチへ腰掛けた。ここがどこかも分からない開放感が更に気持ちを軽くする。 キラキラと夜空に星が瞬く下で、店に残してきたなごみさんが気になった。俺のことで待鳥先生から責められていないだろうか。待鳥先生は嫉妬深そうだ。泣いていないといいけど、たぶん泣いてる。 あの人は泣き虫だから。 俺が慰めてあげられたらどんなに良かっただろう。それはもう叶わないのだ。 「……走る…とか…反則、はぁはぁはぁ」 見知らぬ公園で暫く座っていると、突然誰かが近寄ってきた。変質者かと構えたら、それは息が上り劣化した東さんだった。 「………東さん、何しに来たんですか」 「大野君を慰めに来たんだけど、途中か早くなるから見失いそうだった。久しぶりに本気で走ったからさ、ちょっと待って」 まだ息が荒くて肩が上下している。 普段から運動不足なのだろうか。それにしても見失わずに追いつくって、昔は相当走り込んでいたに違いない。 「慰めるも何も酷いことを言ったのは東さんじゃないですか。あれ、相当きましたよ。先輩じゃなかったら一生口利きません」 「荒療治みたいな?これで、大野君も前へ進めるね。新転地でも頑張れるよ。なんかさ、いつまでも引きずってる大野君を見たくなかったんだよね。俺からの餞別だ」 「………知ってたんですか」 驚いた。すべて知ってた上での行動だったのか。それにしては、別の感情を混ぜたようおかしな叱咤だった。 「おい、社長秘書を舐めんなよ。重要な書類は全部俺に集まる。3日前、稟議書に君の名前を見つけた時は驚いたよ。よく名乗りを上げたね。プロジェクトも途中だし、普通は行こうと思わないよな」 実は、関西方面に営業専門支社を作ることが決まり、社内で異動者を公募していた。 前々から本社の中でのしがらみや、派閥にうんざりしていた俺は、本社の外に出たくて仕方がなかった。 まあ、いずれは出るつもりはあったけど、タイミングを後押ししてくれたのは、なごみさんだ。もう潮時だと思わせてくれた。 中途半端な気持ちでいるから、契約書も失くすし、いつまで経ってもパソコンには弱い。事務処理も遅くて寺田さんと課長には毎日のように怒られる。 このままだと、自分が益々駄目になっていくと、漠然とした不安が広がっていた。 そんな日々に区切りをつけたかった。 人間はそう簡単には変わらないだろうが、きっかけにはなるだろうと思った。

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