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第124話 2人のルール1

(大野語り) 俺がこちらへ戻る際に、本社ではなく支店を選んだのは、派閥やしがらみに嫌気が差したからで、その時は最善の選択と思われた。 だが、最善と思われたものは、一瞬で後悔へと変わってしまう。 社内でなごみさんに会えないのだ。 仕事と恋愛は別モノで、寧ろ切り離して考えなければいけないと頭では分かっていても、会いたいものは仕方ない。頭が、身体が、なごみさんを欲するのだ。 しかもなごみさんは俺のいない間、東さんに引き抜かれ秘書室へ異動になっていた。 細かい気遣いが出来る人だから、秘書には向いていると思う。見た目も申し分ない。 だけど、秘書室は気軽に入れない場所だ。 天上人は怖いし、あそこへは極力近寄りたくない。そんなとこに付き合いたての恋人を1人で置いておきたくないのが本音である。 数日後、俺の支店で急ぎの稟議案件があり、社長がいるうちに決裁を貰わないといけない事態になった。慌ただしく書類を作成し、誰が本社へ持ち込むか相談している中で、運良く外回りから戻ってきた俺が通りかかった。 たまたま目が合った俺に、支店長が書類を持っていくように依頼したのだ。 しかも直帰していいとのこと。 社長に決裁を貰うには、秘書室へ行く必要がある。俺は喜んでその役を買って出た。 お付き合いを始めてから、なごみさんと顔を合わせるのがこれで初めてになる。 嬉しくて内心思いっきりニヤけている俺に、新人1人をお供で連れていくように言われた。 4月に中途採用で入社した中村という青年だ。俺より3つ下の24才で、やたらと本社へ行きたがっていた。 「あの、大野さん、俺は憧れの人に会うためにこの会社へ入ったんです」 目をキラキラさせながら、道中の地下鉄内で、中村は俺に熱い想いを語り始めた。 憧れの人に会うためにとか、何ともメルヘンチックな理由だ。馬鹿馬鹿しい。 そんな理由で会社を選ぶ奴の気が知れない。 一方的に話す中村から聞こえてくる内容は、これまた一方的な愛情で、大学時代に憧れていた人の会社に入りたくて、うちを受けたものの落ちて、1年フリーターを経て中途で採用されたそうだ。 執念というか……重いというか…… 想われている人も気の毒だ。女性だろうか。 「とにかく、その人に会いに、やっと本社へ行けるんです。大野さんはご存知ですか?秘書室のなごみさんっていう方なんですけど」 「……ぇえっ?……あ、ま、まあ……ね。」 「知ってるんですね。やっぱり素敵な人だから目立つのかな。綺麗な方だ。3年ぶりにお顔を拝見できます」 突然なごみさんの名前が出たので、驚く。同時に苦い気持ちが胸に広がり、気分が盛り下がった。こんなとこにもライバルがいる。 なごみさんは、やっと俺に気持ちが向いたところなんだ。変に掻き回さないでいただきたい。 まだ『好き』の確認しかしていない俺は、少し弱気になって、無駄に輝く中村を見ていた。

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