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第126話 2人のルール3
(なごみ語り)
で、結局大野君と食事には行けなかった。
中村君を振り払うことが出来ず、というか付き纏われて離れる暇がなかった。しかもエレベーター内で、寺田と鉢合わせになり、4人で飲みに行くことになったのだ。
大野君を発見した時の寺田の興奮ぶりは見ている僕も笑ってしまった。そりゃ、新入社員時代から教えていた後輩に久しぶりに会ったのだ。テンションも上がるだろう。
居酒屋でも寺田はずっと大野君を離さなかった。営業マン同志で話したいことが彼にはあるらしく専門用語が飛び交うなか、僕は懐かしく思いながら聞いていた。
中村君も他に漏れず寺田ワールドに魅了されていた。
本当は大野君と2人でこんな大衆居酒屋ではなく、落ち着いた場所でゆっくり話をながら美味しいものでも食べたかったのに。
2人だったら手も握ってくれたかな。
大野君の手、大きいだろうな。
触れてみたいなと、酔った頭でそんなことばかり考えていた。
「……なごみさん。なごみさん?」
大野君の声で我に返ると、寺田と中村君が席にいなかった。
「あれ、後の2人は?」
「仲良く連れションしに行きました。中村は寺田さんの煙草に付き合わされるんで、少しの間は戻って来ないです。やっと俺を見て話してくれましたね。折角本社へ行ったのに、あなたは全然俺を見てくれなかった」
正面にいた大野君が隣に移動してきた。薄いワイシャツ越しに腕が触れ合って一気に体温が高くなる。
「もうお開きにしませんか。俺、なごみさんと2人になりたいです」
掘りごたつの下で、手を握られる。指が徐々に絡みついて、交差した。
大野君の手はやっぱり僕より大きい。ごつごつと角張った節の感触が彼らしいと思った。
「うん……僕も、電話で言われたことを大野君の声で直接聞きたいと思ってた」
「あぁ、やっぱり電話じゃ格好つかないですよね。あの時は必死でただ伝えたい一心だったんで……」
大野君がすーっと深呼吸をした。
僕が隣を見上げると、彼の真剣な眼差しに吸い込まれそうになる。
見たことのない、熱の篭った視線だ。
「好きです。ずっと前から。そして今も、これからも。なごみさん、俺の恋人になってもらえますか」
大野君の真剣さに視線を離すことができない。おヘソの辺りがきゅんと疼き、心臓の鼓動が煩く僕を掻き立てた。
「……僕も……好き……」
言い終わらない内に、唇が重なった。
大野君との2度目のキスは、さっきまで飲んでいたぬるいビールの味がする。
ほろ苦い、ほんの少し大人な味だ。
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