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第137話【番外編】10年越しの約束2

(東語り) 社用車で動いていたものの、全身が雨のせいでしっとりとしている。鞄の中の書類ですら湿っているようだ。不快感を感じながら、席に着いて早速事務処理を始めた。 ここのフロアには誰かいるようだが、無視して作業を続ける。誰が居ようと関係ない。 「ここの顧客には日本製を勧めてみればいい。これさ、高いだけのスウェーデン製だろう。うちの親父が好きそうな流線型の椅子だ。資料を読んだ限り、職人が手作りのどっしりと重さを感じる椅子がいいと思う。勿論、机も同じ木材で出来たやつが似合うんじゃないかな」 いきなり近距離に顔が出てきて、パソコンを使っていた俺は跳ね上がるくらいビックリした。 先ほどまで陶芸ギャラリーを構える大手メーカーへ行ってきたのだ。確かに温もりがあるものを置きたいと、そこの部長が言っていたのを思い出した。 「え、あ、あの………」 今朝、朝礼で挨拶をした白勢さんだった。この人が何のために残っているのか不思議だったが、そんなことを俺が聞ける訳がない。 「一度、S工房に問い合わせてごらん。あそこの家具は温かみがある。値段もそこまで高くないから」 最近にわかに有名になりつつあるS工房は、名前こそ知っていたが伝が無く、どうしようもできなかった。俺が電話してもあしらわれるだけだろう。まさに門前払いだ。 「S工房なんて無理です。大手のデパートならまだしも、うちに回してくれるかどうか」 「俺の名前を出したら、たぶんやってくれる。あそこの中山って奴は大学の同期だから。明日の朝、電話してごらん。その時俺に電話を代わってくれれば事情は話すから。えーと君は……」 「………東です。ありがとうございます。助かります。明日、連絡してみます」 軽く自己紹介をすると、白勢さんは興味深い目でこちらを見た。 「東君てさ、1人暮らしって聞いたんだけど」 「ええ、まあ……1人です…が……それが」 俺の両親は海外勤務が長く、殆ど日本に居ない。祖父が遺した一軒家に俺がそのまま住んでいる。古い日本家屋だ。色々と手入れが大変だが、所どころリフォームしながら住んでいる。ボロいけど愛着のある家で住み心地は快適だった。 「じゃあさ、1つお願いがあるんだけど、今晩だけ泊めてくれない?色んな事情があって家にもホテルにも行けなくてさ。頼むよ。S工房のお礼だと思ってさ……」 家に部屋は余っている。客間があるし、先日客用布団は干したばかりだった。 これがワンルームだったら即座に断っていたところだが、俺に頼んだのも白勢さんの運だろうか。 「……別に今晩だけならいいですよ。部屋は沢山あるんで」 色々と謎の多い人だが、悪い人ではないのは伺えた。 それに、この人に恩を売っておけば何かいいことがあるかもしれない、とサラリーマンの打算的な考えが浮かんだのも事実だ。 それから、白勢さんはウチに居着いてしまった。今となってはあの人の性格を考えると当然なのだが、若い俺は気付く訳も無く、認識が甘かったと思う。

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