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第139話【番外編】10年越しの約束4

(東語り) うまく動かない頭で玄関に入る。まだ夕方の5時で、デートにしては随分早く帰ってきてしまった。暫くこうして出掛けることもないだろうと思うと、すべてが哀しく見える。 「お、征士郎。早いな。ニラ買ってきてくれたか?」 俺の姿を見て『日本の城』を読んでいた白勢さんが声を掛ける。この人は日本の城が本当に好きだ。バックナンバーも買い漁り、ほぼ本棚を占領している。 は?ニラ?いつそんなこと頼まれた? 「メール……見ていないのか。まあいいや。無くても出来るし。お前も食べるだろ。今から餃子作んの」 そう言うと、雑誌を置いて台所に立ち、何やら料理を始めた。キャベツをみじん切りにする音が聞こえてくる。 「出来るまで時間がかかるから風呂に入ってこいよ。その顔をちゃんと洗おうか」 「……顔……」 どうやら泣いていたことに気付く。 恥ずかしげもなく、涙を流していたとは不覚だった。たかが失恋だ。男なんか世の中にごまんといる。だけど、そのなかに俺と同じ性的趣向の人がどれだけいて、数少ない中から俺を好きになってくれる人を見つけることが可能だろうか。 やっと見つけた相手だったのに。 好きだったのにな。 俺はもう一度、相手を想い風呂場で泣いた。 風呂から出ると、餃子が焼けるいい匂いがして、とたんに脳が空腹を覚える。 髪を拭きながら、テーブルに着いた。居間は畳で、昭和のような丸いちゃぶ台が置いてある。円を描いて焼けている餃子はとても美味しそうだった。ポン酢にラー油を注ぐのが白勢流らしい。 「ほら、征士郎も飲むか?やっぱ餃子にはビールだろ」 「………うん」 白勢さんがグラスにビールを注いでくれる。この人が来てから冷蔵庫には大量の酒類が冷えるようになった。 勧められるまま、箸でカリカリの羽根を挟み熱い餃子を口へ運ぶ。途端に旨味が口に広がった。噛めば噛むほど味覚が刺激される。餡にもきちんと下味がついていて、美味しかった。 「美味しい……」 「俺の特製餃子は美味いだろう。ニラがあったらもっと美味いけどな。沢山食べて元気出せよ。女なんか世の中にいっぱい溢れてる」 女……そうか。この人の恋愛対象は女だった。俺は頷くだけにしておいた。所詮ゲイの気持ちは解らないだろう。 突然の居候が家にきてはや1ヶ月経つ。今日は白勢さんが居てくれてよかったと思った。 少なくとも餃子に救われた。

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