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第144話【番外編】10年越しの約束9
(東語り)
日本へは結婚の為に帰ってきたと白勢さんは言っていた。それが無くなったようだ。社長が諦めたのか、白勢さんが説得したのかは分からないが、おそらく前者が有力だろう。
あと少ししたら彼はアメリカへ帰る。この家を出て、俺とは全くの他人に戻るのだ。
いきなり俺の前に現れて、生活を少なからず掻き乱したあの人が居なくなると思うと、せいせいする一方、心に深い影が落ちるのが分かった。
寂しくなるな。出て行く日が分かったら、ささやかな送別会をして快く別れようと思った。俺は去るものは追わない主義だ。
夜11時過ぎに仕事を終えて家に帰ると、待ち構えていた白勢さんに捕まった。
玄関で仁王立ちしていた彼を見た途端、驚きで固まってしまう。思わず後退りしたが抵抗は無駄だと諦めた。
「征士郎。避けんなよ。今日は納得するまで話するからな」
手を引き居間へと強引に連れて行かれる。
座るように促され、スーツの上着を脱いで言われた通りに腰を下ろした。
居間の窓は開け放たれていて、もうじき終わりを迎える金木犀の甘い香りが、冷たい風と共に入ってきた。本格的な秋の到来を寂しく告げている。
「単刀直入に聞く。征士郎は、俺が嫌いか?」
しいん……と沈黙が俺を包んだ。これまたストレートに聞いてきたな。
子供みたいな質問にどう答えようか悩んだ。
「……嫌いじゃないです……けど、」
「けど……何だ?どうしてあれから俺を避ける?何か悪いことを言ったか?教えて欲しい。無理矢理だったのは謝る。すまなかった」
彼が頭を下げると、サラサラの前髪が前へ流れた。いつも後ろに流しているので、お風呂上がりでしかこの姿を見ることができない。
それが少し色っぽい。
「同意の上でしたから気にしないでください。頭を上げてくださいよ。白勢さんこそ、俺のことをだだの性欲処理相手だと思っていませんか。お互い事故だと思って忘れましょうよ。それに、もうじきアメリカに帰るんでしょ」
「………なんだ知ってるのか」
白勢さんは小さくため息をつき、更に続けた。
「俺は、征士郎が気に入っている。お前とどうかなりたくて、この間は強引に誘った。
性欲処理なら他でやるし、俺だって無かったようにするさ。でも、そういうのとは違う。
確かに俺はじきアメリカに帰る。だからこそ、お前の気持ちを聞きたい。俺にはもう可能性は無いか?征士郎の心には俺は居ないのか?ハッキリ言って欲しい」
この人は最高に自分勝手で我儘だ。
自分の気持ちを伝えるだけ伝えてアメリカに帰ろうとしている。俺を放置して遠い国へ行ってしまうのだ。
その気になった俺の燻る炎は、どうしたらいいのだろうか。白勢さんは俺は御構い無しに気持ちをぶつけて来る。
なんだか考えることを疲れてしまった。
完敗だ。もう認めよう。
堕ちるとこまでこの人にハマってみよう。
俺は心の中で白勢さんに白旗を振った。
「………もう、知ってるくせに。俺は、あなたが好きです。あなたと一緒にいたいと思う自分がいます。本当は忘れたくないです…………」
結局言わされた。しかも1番苦しい道を選んだことは承知の上だ。
俺が少し彼を見上げると、時が止まったように暫く見つめ合った。
「良かった。俺も征士郎が好きだから…嬉しい。久しぶりにガキみたいに恋したんだよな………今からいいかな。明日も仕事だから辛いけど、欲しい」
言いながら、しゅるりとネクタイを解かれ、ワイシャツのボタンが順に外されていく。
相変わらず強引な男だ。
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