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第146話【番外編】10年越しの約束11
(東語り)
セックスの後は白勢さんに腕の中でポツリポツリと互いの事を話しながら過ごした。
数時間したら夜が明けて、出社しないといけないのに、その日の仕事のことは全く気にならなかった。
まるで学生の恋愛のように浮かれていた俺を白勢さんは優しく見守ってくれたと思う。今考えれば前のめりすぎて、汚点以外の何物でも無く、本気で人を好きになったのは後にも先にもこれだけだった。
だが、残酷にもリミットは1ヶ月を切っていた。1ヶ月弱で、白勢さんはアメリカへ帰ってしまう。次いつ帰国するのかも不明なまま離れ離れになるのだ。
後が辛くなるのは頭の隅で分かっていたけれど、どうにもならなかった。
この人の感触を、匂いを、声を、顔を、すべてを忘れないように覚えていよう。その想いが先走り、常に彼を求めていた。
空っぽになる自分を想像し、気持ちをセーブするような余裕はなかった。
特別な用が無い限り毎日真っ直ぐ家に帰り、ご飯を一緒に作り、共に風呂に入って、セックスをする。貪るように互いを求め合った。
「近い将来、俺が社長になる時、傍にいてくれないか。征士郎に支えて貰いたいんだ」
ある日、いつものピロートークで、白勢さんの引き締まった裸体を眺めながら胸の辺りを指先で触っていると、呟くような言葉が降ってきた。
現社長はバリバリの第一線で働いている。俺から見ても近いうちに座を譲る気は全く無いのは伺えた。当分その時期は訪れないだろう。
きっとこれはいつかの夢の話なんだろう思った。白勢さんが好きな仮定世界の話だ。
俺と離れてしまうから、繋ぎ止めるための口約束に聞こえた。
「ふふふ、いいですよ。じゃあ秘書をやろうかな。そしてこの家で再び一緒に暮らしましょう。社長と社員が同居とか説明しても理解してもらえないと思いますけど。近い将来……期待してます 。俺を自由に使ってください」
あったらいいなと、未来を想像して俺は少し笑った。そんなに都合よく世の中は回らない。
俺の方こそずっと傍にいてほしい。何度も言いたくて躊躇ったが、言葉として口にすることは無かった。
「頼んだからな。君がいてくれたら何でも乗り越えられる気がするんだ。楽しみだ。征士郎、愛してるよ。」
「俺もです。……愛してます」
キスをして、柔らかい毛布の中で再び抱き合う。
白勢さんと未来を話したのはこれが最初で最後だった。
こうして約1ヶ月間の甘い蜜月は終わった。
貴方と出会って僅か2ヶ月と少し。
物凄く濃い、充実した日々だった。
儚い夢のような時間で、最後の方は浮き足立って余り覚えていない。
この思い出があれば一生恋なんかいらないと当初は強がっていたものだ。
正に若気の至りだと思う。
強がりはそう長くは続かず、想像以上の腑抜けになった。誰もいない静かな暗い家でぼんやりと座り込むことも多くなった。仕事も手につかない位、自暴自棄になっていく。
白勢さんが居ない。代わりの温もりが欲しくて好きでもない誰かを求めようとしていた。そんな俺に秘書室への異動が発令される。
それが白勢さんの置き土産だった。
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