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第147話【番外編】10年越しの約束12
(東語り)
それからの俺については説明が簡単だ。
ひたすら仕事をした。失恋をして馬鹿みたいに仕事に没頭する典型的な若者だった。
あの時の経験がバネになり、行き場のない想いを不器用ながらも昇華させた。
気付いたら『冷徹男』と呼ばれ、近寄ってくるのは秘書室の女どもだけになっていた。
秘書室に来て7年目、32歳の時に室長にならないかとの話があり、有り難く受ける。
その時に、以前から目を付けていた和水を秘書室に呼んだのだ。偶然にも以前の俺と同じ様な腑抜け状態だったので、都合よく仕事に没頭してくれた。
白勢さんとは、一度帰国した際に会ったが、一晩だけの逢瀬をしただけで後は関わっていない。
そして、現在に至る。
今年も誕生祭と言われ、秘書室女子に追いかけ回されたが、なんとか逃げ帰ることができた。35にもなって、部下に祭りと称されて祝われるのは恥ずかしいにも程がある。
近所のコンビニで自分に小さなケーキを買って夜道を急ぐ。空を見上げると、さっきまで雨を降らせていた曇雲が切れ、星が瞬いていた。
本格的な梅雨の訪れが近くまで来ていた。
もうすぐあれから10年が経つ。
昨年、白勢さんは社長としてようやく日本へ戻って来た。久しぶりに姿を見た時は、震えるくらい嬉しかったのを覚えている。
今は秘書室長として彼を支えている。和水は優秀な秘書だ。俺が一から全てを叩き込んで教えただけはある。彼は柔軟に物事を捉えるのに長けており、前へ出て行くのではなく、裏から支えるのに向いていた。きっと我儘な白勢さんを上手く操縦して、そつなく働かせることが出来るだろう。
そろそろ俺も前へ進もうかな。
10年も前のたった1ヶ月に縛られて、新しい恋を探そうともしていなかった。
誕生日に一心発起するとか単純だな。
1人で笑っていると玄関前に人影を発見し、信じられないその姿に固まった。
「征士郎、おかえり」
それは社長ではなく、俺の知っている白勢さんの姿だった。
確か今夜は会食のはず………
「………社長。なんでここに」
「和水君に調整してもらって日にちを変更したんだ。君が誕生日を頑なに教えてくれないから、まさか聞いた翌週とか思わなかったよ。焦った」
10年前、離れても毎年祝いたいから誕生日を教えて欲しいと言われたのたが、虚しくなるだけだったので絶対に教えなかった。
「間に合ってよかった。きっかけが無いと君に会えない気がしてね」
そう言うと、白勢さんは俺に小さな包みを差し出した。
「征士郎、お誕生日おめでとう。いい男になったな。流石俺が惚れただけある」
俺より高い身長は、少し屈んで目と目を合わせてくれた。何か話さないと……
「何しに来たんですか?」
「何しにって、10年前の約束を果たしに来たんだよ。もし部屋が余っていて、君にその気があるなら……泊めてもらえないかな?」
10年も放っておいて今更約束を果たしに来たとか、一体何を考えているとか、彼には言いたいことが山程ある。
俺は長い溜息をついた。実は怒る気なんか随分前に失せている。一時も忘れたことは無かった。
「相変わらず我儘で自分勝手ですね。どうぞ。飽きるまで居てください」
「いいの?たぶん飽きないと思うよ。今度は何を言われても出て行く気がしないから、覚悟しておいて欲しい」
白勢さんは悪戯に笑い、俺の肩にそっと手を乗せる。
俺は懐かしい感触に泣きそうになりながら〝おかえりなさい〟と心で呟いた。
《番外編 10年越しの約束 終わり》
長々とありがとうございました。次貢からは大野なごみに話が戻ります。
また白勢東のおっさんcpの話も書きたいなと思っています。
完全に趣味になっていますが、よろしければお付き合いください。
感想などいただけると嬉しいです。
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