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第153話 甘いと切ない6

(大野語り) 昨日はいつものデートと違った。 夜景を見に海辺をドライブした後、なごみさんといい雰囲気になり、なんとラブホテルへ初めて入ったのだ。 いつもより素直な反応に俺は驚きつつも、浴室とベッドで身体を繋げた。 胸が切なくなるくらいこの人が好きで大切だと思った。いつもと違って甘える仕草が愛しかった。 だけどそれは、なごみさんが不安定になったときのサインだなんて、付き合いの浅い俺は知る由もなかった。 2人の間の溝は、存在を感じてしまうと一気に深いものへと変化し、飲まれてしまいそうになるのだ。 数日後の朝礼終了後、俺と中村誠が支店長に呼ばれた。奴がなごみさんを好きだと公言してから、何故かペアになることが多い。 打ち合わせスペースで話を聞かされる。 新しい企画に新鋭の写真家を起用するらしい。うちの支店でしか扱っていない北欧家具を使い、モデルルームで撮影をするようだ。 配置などは本社から来た担当者がやるので、俺たちはその手伝いや家具の説明をする。 「かわい……りょうって大野先輩は知ってますか?巷では有名らしいですよ。見た目が格好よくて、撮る写真は幻想的。まさに女子が好きそうな感じですね。SNSのフォロワーも大半が女子だそうですよ」 貰った参考資料には真っ青な空の写真が何点かあり、中村が指でピンっと弾いた。 「知らない。どうせ社長の外国気触れだろ。振り回される俺たちの身にもなって欲しいよ。家具やオフィスを撮ったって何にも楽しくないだろうに。そいつはもうすぐ来るんだろ?」 なごみさんから写真家の話は少し聞いていた。社長がロスの空港で出会った背の高い人、と言っていたっけ。きっと自己意識も同じくらい高くて、サラリーマンを馬鹿にするような奴に違いない。 俺の人生には全く関係ない人種だ。 「ええ。今日一日の予定はこれだけだから、とにかく手伝うしかなさそうです」 重い腰を上げて机で事務処理をしていると、間も無く河合と本社の奴がやってきた。 順に名刺交換をしていくが、中村が難しい顔をして考え込む素ぶりを見せる。いつも能天気な奴が珍しい。 「どうした?何かあったか?」 小声で聞く。 「うーん。俺、河合さんにどこかで会ったことがあるんですよね。どこだろうか、思い出せない」 「気のせいだろ」 河合は、なごみさんの言ったとおり背が高く、俺が思ったとおりの自意識高めの奴に見えた。 鼻持ちならない。奴に感じた第一印象だった。

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