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第155話 甘いと切ない8

(大野語り) 「なごみさんに何か用ですか?彼は俺の恋人で、今のあなたとは関係の無い人の筈ですが。気にする必要もないと思いますよ」 辺りには誰もいなくなり、背の高いデカイ男が2人だけとなった。河合は余裕な笑みを崩そうとしない。むかつく奴だな。海外で認められるとそんなに自信家になるのだろうか。 「用というか……君に遠回しに言ってもしょうがないよね。いずれ分かることだし。なごみさえ良ければ、俺の元へ戻ってきて欲しいと思っている。三年前に俺のエゴで酷い別れ方をして辛い思いをさせたんだ。そのお詫びをしたい。今度こそ彼を幸せにしたいと思っている」 はぁ?こいつは平気な顔をして何を言っている?なごみさんを幸せにしたい? 今も充分幸せですが。俺といたら不幸になるようなニュアンスを含んだ言葉に、感情を逆撫でされた気分になった。 「なごみさんは俺が幸せにしています。俺達の領域に立ち入らないでほしい。河合さんには渡しません」 「それは、なごみが決めることだ。君の決めることではない。久しぶりに再会した時、俺が知らないフリをしたら泣きそうな表情をしたんだ。いじらしくてたまらなかった。君の隣ではなく、彼にはもっと相応しい場所があると思う。日本での仕事が落ち着いたら、海外へ連れて行きたい。俺の見てきた空を彼にも見せたいんだ」 淡々と強引な自分の希望を、さも正論の様に顔色一つ変えずに述べるこの男にどうしたら敵うのだろうか。溢れるような自信を目の前にして、負けそうとネガティブな思いが胸に広がる。ふいになごみさんの笑顔が頭に浮かび、鼻の奥がツンと痛くなった。 「だから、別れてほしいと言っても、その目は断りを強く主張しているね。いいよ。戦線布告させてくれ。堂々と戦うよ。結果的に君からなごみを奪うことになっても恨まないで欲しい」 「いいえ、絶対にあなたには、なごみさんは靡いたりしません。別れませんから。受けて立ちます」 残っていた気力で自分を奮い立たせて、思いっきり奴を睨んだ。 両者が一歩も譲らないまま、沈黙の時間が流れて行く。こんなやつとは同じ空気すら吸いたくない。不快な気持ちがせり上がってくるのに、大切なものを守りたくて手放したくない、その一心で立っていた。 「………りょう、さん。お昼ご飯にいきましょうって。みんな待ってますョ」 さっきの助手の男の子が奴の裾を引っ張り小さな声を発したことで、互いの緊張の糸が切れた。 まるで止まっていた時が流れ始めたかのように、ざわざわと喧騒が俺を包む。だが、心臓は煩く動いていた。 「あ……あぁ……未央。すぐ行くよ」 みお、と呼ばれた少年は俺をぼんやりとした表情で見ると、いきなりチッと舌打ちをした。 最後の舌打ちも地味に俺のメンタルへ響いた。

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