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第158話 大野の想いと葛藤3

(大野語り) なごみさんからは、河合とは突然別れようと言われた、とだけ聞いている。あまり話したがらないので深くは探らなかった。 「諒君は、海外で活躍しているカメラマンが共同撮影者を探していて、自ら志願してそこに行ったの。詳しくは知らないけど、結果的に賞を貰って諒君は有名になった。反対に、恋人の洋ちゃんは事情も聞かされず、相談もされず、一方的に別れを切り出された。だから、僕は捨てられたと思ってる。 本当に仲睦まじくて羨ましい2人だったのに、自分のステップアップのためなら犠牲も厭わない……そんな諒君を僕は軽蔑してる。今更洋ちゃんを必要としても、僕は許さないよ」 人間はこうもあっさり変わるのか、と渉さんは嘆いていた。 確かに渉さんが言う河合像は貪欲で血も涙もない奴だ。でも、なごみさんの中では初めて好きになった大切な人だったんだ。きっと切なくなるような甘酸っぱい思い出が沢山あるに違いない。それは大切に胸にしまっておいてほしい。なごみさんの歩いてきた大切な道だから、否定はしたくない。 人を好きになるのは、本当に簡単で難しい。 「渉さんがなごみさんを助けてくれたんですよね。初めて会った時は、すごい嫌な奴だと思いましたけど、渉さんが居てくれたから、こうしてなごみさんと恋人になれたと思ってます」 そう言うと、さも呆れたかのように鼻で笑われた。 「横取りしたくせに、よく言うよ。好きです好きですって犬みたいに擦り寄って、見てて鬱陶しかった。だけど君は裏もなく真正面から勝負してくるから気持ちがよかったよ。僕は大野君を応援してるから、諒君には負けないで。君が芯を通せば、絶対に洋ちゃんはついてくる。愛されてることに自信持ってほしい」 犬…… は今もよく言われるが、俺ってそんなに犬っぽいのかと凹んだ。 「愛されて……ますかね?愛してる自信はありますけど」 「君を見てれば分かる。大事にされてると思うよ。ストレスの少ない身体になってる。君たちは3年間お互い片思いしてたんでしょ。その絆が強みだね。 ああ、久しぶりに洋ちゃんに鍼を打ちたくなった。怒ってないし、僕も幸せだから来るように言っといて。腰も痛めてそうだし。ふふふ。だって下世話な話、僕たちは穴兄弟でしょ」 「腰……?え、あ、そんな…痛めていませんって。冗談はやめて下さい。穴兄弟は言わないでくださいよっ。笑えないですから」 「だって本当でしょう?」 けらけらと笑いながら、最後に……と渉さんは付け加えた。 洋ちゃんは、心身のバランスが不安定になると身体で温もり確かめようとする。つまり、セックスをいつも以上に求めてくるらしいのだ。 少し前に海へドライブへ行った時、ラブホへ入ったことを思い出した。いつもと違って情熱的だったことを喜んでいる場合では無かったのだ。 好きだったのは4年間でも、付き合ってからはまだ2ヶ月だ。まだまだなごみさんを知るには時間が必要だ。 ゆっくり話を聞いてあげるべきだったなと、手の掛かるお姫様を思い浮かべて、少し笑った。

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