159 / 270

第159話 大切な人1

(なごみ語り) 今朝、広報部長から社長に渡してほしいとPDFファイルが添付されたメールが送られてきた。展開して印刷ボタンを押す。 内容は諒の撮影スケジュールで、昨日は隼人君の支店で撮影だったようだ。彼は電話で何も言ってなかったけど、2人は顔を合わせたのだろうか。実は、凄く気になっていた。 そして昨日隼人君は、外回り中に息抜きしていたことがバレて課長に大目玉を食らったらしい。さっき村上君から内線電話で聞いた。 村上君はよく内線電話を掛けてくる。何かと理由をつけて僕に電話してくる様子が昔の隼人君に似ていて、可愛くなくもない。 コンビニ店員だった頃とは想像もつかない明るい彼の姿に、人は見かけによらず変化していくものだと感心した。 「なごみ君、外線1番に電話。例の河合さんから。本当にいい男よね。声も素敵」 隣席の八木さんにうっとりと言われて、一瞬固まる。諒の影はチラチラと姿を見せながら僕の周りから離れてくれない。もう、深くは考えない。仕事だから気にしない。 「……お電話代わりました。和水です」 「河合です。先日はありがとうございました。なごみさん……今から会えませんか?社長に渡したいものがあるのですが、そちらに寄る時間がないのです。近くのカフェで待ち合わせて、さっと手渡ししたいのですが」 「ええ、いいですよ。ああ、あそこの角にあるカフェ分かりますか?緑のパラソルの。そこでお待ちしております」 僕は何も疑わず了承した。というのは、うちの社長も多忙だが、商談相手もそれなりに多忙なのだ。忙しい者同士連絡を取って会うのは大変難しい。だから秘書がいるのであって、代わりに僕が伝書鳩の役割をすることも少なくなかった。いつもの業務となんら変わりない。 室長に断りを入れて、真夏の殺人的な日差しが照りつけるオフィス街を早足で歩いた。 早めに着いたはずが諒はもう席についていて、シンプルなネイビーの麻ジャケットに、白いパンツを履いていた。足を組み、ゆっくりと資料に目を通している。 この伏せ目は好きだったなと思い出しながら僕は彼に近付いた。 「河合さん、すみません、お待たせしました」 「お呼び立てしてすみません。早く来てしまったのはこちらの方なので気になさらずに。何か注文しますか?」 諒は、立ったままの僕にメニュー表を渡して来た。ネームプレートが首から下げたままのことに気付き、慌ててワイシャツの胸ポケットに仕舞う。 「いいえ。河合さんこそ時間がないんですよね。白勢に渡すものを頂いて帰ります」 それを聞いた諒は、顔を上げてにっこりと笑う。見たことのない作り笑いに寒気がした。3年という月日は短いようで長いのだ。 僕の知らない諒がここにいる気がした。 「相変わらず真面目だね。俺が知らないフリをしたら、泣きそうな顔をしたくせに、まだフリに合わせるの?なごみの気を引きたくてわざとやったことを悟って欲しかった。取り敢えずそこに座ってくれないかな。君に会うための時間を作るのが大変だったんだ。少しでも話を聞いて欲しい」 手で座るように促され、仕方なく腰を下ろした。 諒は僕を覚えていてくれた。それだけは嬉しかった。

ともだちにシェアしよう!