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第162話 大切な人4
(なごみ語り)
さっきまで諒が座っていた場所へ隼人君が腰を下ろした。追加でアイスコーヒーを注文して、彼が汗を拭く動作を眺める。エアコンで身体が冷えて風邪を引かないか心配になるくらい、汗だくで必死に走って来てくれた。
思いがけないプレゼントを貰ったみたいに、嬉しさが込み上げる。
「何から説明したらいいのかな……支店で事務処理をしていたら、東さんから連絡があったんです。なごみさんが河合に呼び出されたって。昨日、嘘の無断外出がバレて支店長に大目玉食らったんですよ。だからとてもじゃないけど外に出れる状況じゃなくて。焦っていたら、東さんが社長命令って話通してくれて、全力で走って来ました。
うちの大切な秘書に何かあったら許さないからお前が守れって、東さんに言われましたよ。でも、なんとか守れました…よね?」
涙目になっていた僕に気付かないフリをして大野君が普通に話しかけてくる。
正直言うと、諒の迫力が怖かったのだ。
ホッとしたら涙腺が緩んだ。
「隼人君ありがとう。充分守られた」
「良かった。もう呼び出されても俺無しでは会っちゃダメですよ。俺も話さないといけないことが沢山あるんです。内緒にしてた訳ではなくて昨日は支店長に長時間説教されていたんで……すみません」
アイスコーヒーを一口飲むと、隼人君は諒に面と向かってライバル宣言されたこと、仕事のフリをして渉君に会いに行ったことを話してくれた。
渉君は元気みたいだ。独立したのは知っていたが、公私共に充実していると聞いて安心する。今の恋人はどんな人だろうか。
人は傷ついても時間をかけて再生していく。だから、再び前を向いて歩いていくのだ。僕も絶望に打ちひしがれながらも、生きる糧を見いだした。その先には隼人君がいたのだ。
渉君が幸せそうで良かった。色々な感情がごちゃ混ぜになり、さっきの残り涙が目元で溢れた。
少しして、カフェを出た。
手を繋ぎたくなったけど、肩が付くか付かないかの距離で歩いて帰社する。
室長に挨拶をする為に、隼人君も秘書室のある7階へ向かった。これで東さんには当分頭が上がらないと彼は苦笑していた。
エレベーターの扉が閉まると、我慢していたかのように互いに抱きしめあう。ここが会社で良かった。絶対に止まらなくなるから、精一杯の自制だ。
「…………今夜行ってもいいですか?」
僕の首筋に顔を埋めながら隼人君が言う。
今日は平日で、明日も普通に仕事がある。身体に負担はかかるけど、なんとかなるだろう。
「うん。いいよ。待ってる……」
返事をすると、エレベーターが途中の階で止まった。弾かれたように慌てて離れる。
「何お前ら2人赤い顔してんの?そんなに暑いかぁ?最高気温38度越えだしな。大野、久しぶり。何しに来た?」
「え、ええ……暑いですよ。寺田さん、お疲れ様です。ちょっと秘書課へ用がありまして」
偶然にも寺田が乗ってきて、赤い顔をしている僕たちを訝しげに覗きこんだ。
とっさに離れたから、バレてないか。
それ以前に寺田は激しく鈍感だったことを思い出した。
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