163 / 270
第163話 大切な人5
(なごみ語り)
急いで仕事を終わらせて定時に上がる。
なるべく早く帰って部屋の掃除をして、シャワーを浴びたかった。汗臭いし、何より性急に事を進めようとする隼人君のために、準備をしておこうと思ったからだ。
電車を降りると、むわっとした夏の空気に包まれた。夏は嫌いじゃないが暑いのは苦手だ。すぐにバテてしまう。この間は熱中症になりかけて隼人君に物凄く怒られた。水分と塩分とご飯はきちんと摂らないといけない。などと考えながら改札を通ると誰かに肩を叩かれ、ドキッとした。
僕は学生の頃から引越しをしていないので、最寄駅はずっと変わっていない。諒にここまで追いかけて来られたのかと一瞬焦った。
「なごみさん、もしかして同じ電車ですか。やった。ラッキーです。嬉しいな」
そこには中村君の姿があった。そっか。彼も同じ最寄駅だ。駅前のコンビニでバイトするくらいだから当然家も近いだろう。
今まで会わなかったことが不思議なくらいだ。
「中村君も早いね。何か用事があるの?」
「いいえ。何にもないです。暇なんです。今から飲みに……行かないですよね」
控えめに中村君が僕を見た。
「うーん。今日は約束があって駄目なんだ。また今度日にちを決めて飲みに行こうよ。空いてる日を教えてくれたら、その中から決めよう」
「俺はいつでも大丈夫なんで、なごみさんが教えてください。明日の朝、内線しますから。絶対の絶対ですよ」
しつこいくらいに絶対行きましょうと念押しされて、中村君とは別れた。
そういう所も昔の隼人君に似ている。なんだかどっと疲れが出て、一気に体が怠くなった。
途中コンビニに寄り、軽いつまみと缶ビールを買って帰る。中村君に会ったからではないと思うのだが、身体がいつもより熱い。
荷物を置いてすぐにシャワーを浴びた。
血行が良くなったせいか体が楽になり、さっきの怠さは気のせいじゃないかと思えてきた。だけど、心なしか寒気もしてきたので、一時の勘違いだったようだ。
頭がくらくらして視界が歪んできた。
たぶん僕は熱がある。これから隼人君が来るのに発熱していたら話にならない。
薬、薬、あったかな。
ごそごそと棚を焦っていると、合鍵で入ってきた隼人君に見つかった。
「なごみさん……何してるんすか?」
「ちょっと探し物。隼人君、ソファでゆっくりしてて。ご飯はどうしようか。お腹空いてるよね?ビールはあるよ」
「ビールで空腹は満たされません。飯は簡単な材料を買ってきました。後は冷蔵庫の余り物で何か作ります。え……えと、あの……目に毒なんで何か着てください」
バスタオルを肩からふわりと掛けられて自分がほぼ裸……パンツ1枚だったことに気付く。
熱が上がってきて熱くなり、着ることをすっかり忘れていたようだ。
「ひゃぁっ、ぁ、ご、ごめんなさい。すぐ着るから、あんまり見ないで」
慌ててTシャツとハーフパンツを身に着けた。
「もうかなり見てしまったんで、今更隠しても無駄かと思いますけど。明るいところで見れたから俺的には大満足です。ありがとうございます」
にっこりと隼人君が微笑んだ。
普段隼人君にもそんな格好を見せたことがないので、顔から火が出るくらい恥ずかしい。身体も顔も熱くて倒れそうだ。
ともだちにシェアしよう!