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第163話 大切な人5

(なごみ語り) 急いで仕事を終わらせて定時に上がる。 なるべく早く帰って部屋の掃除をして、シャワーを浴びたかった。汗臭いし、何より性急に事を進めようとする隼人君のために、準備をしておこうと思ったからだ。 電車を降りると、むわっとした夏の空気に包まれた。夏は嫌いじゃないが暑いのは苦手だ。すぐにバテてしまう。この間は熱中症になりかけて隼人君に物凄く怒られた。水分と塩分とご飯はきちんと摂らないといけない。などと考えながら改札を通ると誰かに肩を叩かれ、ドキッとした。 僕は学生の頃から引越しをしていないので、最寄駅はずっと変わっていない。諒にここまで追いかけて来られたのかと一瞬焦った。 「なごみさん、もしかして同じ電車ですか。やった。ラッキーです。嬉しいな」 そこには中村君の姿があった。そっか。彼も同じ最寄駅だ。駅前のコンビニでバイトするくらいだから当然家も近いだろう。 今まで会わなかったことが不思議なくらいだ。 「中村君も早いね。何か用事があるの?」 「いいえ。何にもないです。暇なんです。今から飲みに……行かないですよね」 控えめに中村君が僕を見た。 「うーん。今日は約束があって駄目なんだ。また今度日にちを決めて飲みに行こうよ。空いてる日を教えてくれたら、その中から決めよう」 「俺はいつでも大丈夫なんで、なごみさんが教えてください。明日の朝、内線しますから。絶対の絶対ですよ」 しつこいくらいに絶対行きましょうと念押しされて、中村君とは別れた。 そういう所も昔の隼人君に似ている。なんだかどっと疲れが出て、一気に体が怠くなった。 途中コンビニに寄り、軽いつまみと缶ビールを買って帰る。中村君に会ったからではないと思うのだが、身体がいつもより熱い。 荷物を置いてすぐにシャワーを浴びた。 血行が良くなったせいか体が楽になり、さっきの怠さは気のせいじゃないかと思えてきた。だけど、心なしか寒気もしてきたので、一時の勘違いだったようだ。 頭がくらくらして視界が歪んできた。 たぶん僕は熱がある。これから隼人君が来るのに発熱していたら話にならない。 薬、薬、あったかな。 ごそごそと棚を焦っていると、合鍵で入ってきた隼人君に見つかった。 「なごみさん……何してるんすか?」 「ちょっと探し物。隼人君、ソファでゆっくりしてて。ご飯はどうしようか。お腹空いてるよね?ビールはあるよ」 「ビールで空腹は満たされません。飯は簡単な材料を買ってきました。後は冷蔵庫の余り物で何か作ります。え……えと、あの……目に毒なんで何か着てください」 バスタオルを肩からふわりと掛けられて自分がほぼ裸……パンツ1枚だったことに気付く。 熱が上がってきて熱くなり、着ることをすっかり忘れていたようだ。 「ひゃぁっ、ぁ、ご、ごめんなさい。すぐ着るから、あんまり見ないで」 慌ててTシャツとハーフパンツを身に着けた。 「もうかなり見てしまったんで、今更隠しても無駄かと思いますけど。明るいところで見れたから俺的には大満足です。ありがとうございます」 にっこりと隼人君が微笑んだ。 普段隼人君にもそんな格好を見せたことがないので、顔から火が出るくらい恥ずかしい。身体も顔も熱くて倒れそうだ。

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