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第176話 渉の恋5

(渉語り) 僕はまどか先生と翌週に飲みに行く約束をした。少し前までは他人が自分の領域に入ることを不快に思っていたが、彼はすんなりと自然に僕へ近づいて来た。 そろそろ新しい友達を作ってもいいかもしれない……と春の空を見上げながら思うと、新しい出会いに胸が少し踊った。 「待鳥センセ、大変、大変です!!」 その翌々日に奥で物品の整理をしていると、アスカちゃんが興奮して僕の元へやってきた。クレーマーの患者さんが来たのかと思うくらいの慌てぶりだった。 「なあに、アスカちゃん、院内では走らないでね。落ち着いて話して」 「あ、あの……イケメンが来ました。イ、イケメンが……イケメン……」 アスカちゃんは頰を紅潮させてイケメンとしか言わない。どうやら僕を訪ねて入口にいるようで、いい男がうちの治療院へ何の用だろうかと気になった。 受付へ顔を出すと、確かに日本人離れしたイケメンがいた。イケメンは僕を確認すると、口元を少し上げて微笑みを見せた。その笑顔からは花びらが舞いそうな錯覚を覚える。しかもかなり長身で完全に僕は見下ろされていた。 「先日はうちの歩(あゆむ)がお世話になりました。お礼が遅くなり申し訳ありません」 「いいえ……こちらは特に何もしていませんし……」 彼はあゆむ君のお父さんと名乗った。ラフなVラインでグレーのニットにベージュのパンツを履いている。緩く伸ばした柔らかそうな髪は長めで、無造作に後ろへ流されていた。 西洋の血が流れているのだろうか。 「歩が、こちらでいただいたクッキーを どうしてまた食べたいって言うんです。どこのものか教えていただきたいのですが」 クッキーは患者さんからの貰い物で市販品ではない。だが、その方もプロなので、頼めば作っていただけるかもしれなかった。確か近いうちに予約が入っていたから、聞いてみるくらいならできる。 「個人の方から頂いたものですので、聞いてみますね。また連絡します。ええ……とご連絡先は……」 「ではこちらへお願いします。それと、これは皆様で召し上がってください。つまらないものですが。」 彼は自身の名刺の裏に携帯番号を書き、僕に渡してから白い箱を差し出してきた。なんとなく、ケーキっぽい重さと匂いを感じる。 慌てて名刺を確認すると、テレビや雑誌で聞いたことのある洋菓子店の名前が記されいた。あゆむ君のパパは、パティシエさんだ。 「歩は私が作るクッキーだと食べてくれないんです。こちらのクッキーがいいと駄々をこねるものですから、困りました。すみませんがよろしくお願いします」 「ええ。また連絡しますね」 はにかむような輝く笑顔にこちらも照れる。 そして、決して似ているとは言い難いのだが、笑った顔がどことなく洋ちゃんを彷彿とさせ僕はドキドキした。 ああ、洋ちゃん。僕の中にはまだ彼がいるようだ。決してこちらを向いてくれない洋ちゃんとあゆむ君のお父さんを重ね見た。 昼過ぎの休憩時間にアスカちゃんとケーキを頂く。アスカちゃん曰く、ここのチーズケーキは並ばないと買えないらしい。 興奮冷めやらぬ彼女は、あゆむ君のお父さんについて色々と教えてくれた。 父子家庭で、男手一つであゆむ君を育てていること。そのため、あゆむ君は早朝から夜まで保育園に預けられていること。 僕の中の世話焼きがムクムクと顔を出しそうになったが、無理やり押し込んだ。

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