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第178話 渉の恋7
(渉語り)
勢いよく起き上がると、そこは見たことのない部屋だった。生活感が溢れる空間は誰かの家だということを示している。ワンルームの中にあるシングルベッドで僕は寝ていた。部屋に充満するコーヒーの香りが鼻孔をくすぐり、意識が覚醒する。
頭がガンガンする。大きな鐘を思いっきり頭の中で鳴らされている気分だ。
不快な頭痛が寝起きを最悪なものにしているようだ。もしや風邪をひいたとか……?
いやいや昨日は全然元気だった。確か、予約がいっぱいで凄く忙しくて、クッキーを新城さんに渡して、それでそれで……記憶が曖昧でハッキリと思い出せない。
あの後、僕はどこで何をしていた……?
ここは一体どこだろうか。
「………痛ったぁ……」
刺すような痛みに頭を抱えていると、目の前にペットボトルが差し出された。
「おはようございます、渉さん。大丈夫ですか?昨日の記憶あります?どうぞ、飲んでください」
「ま……どか、せんせ……い?」
何故ここにまどか先生がいるのだろうか。
僕はペットボトルを受け取り、一気に飲んだ。美味しくて、水が身体に染み渡っていく。
「その様子だと何も覚えてなさそうで、悲しいな。ずっと『まどか君』って呼んでくれてたじゃないですか。渉さんがあんなに乱れるとは思ってもいなかったです。ふふふ。あ、これ着てください。着てたやつは今洗濯してるんで」
新品の下着とスウェットをポンッと膝に置かれた。そこで初めて自分が真っ裸でいることに気が付いたのである。
裸、裸…………他人の家で裸で寝ていた。身体中が羞恥で燃えるように熱くなっていく。
一体僕は何をして裸になったんだろうか。
手元にあった布団を無意識に手繰り寄せ身体を隠した。
「え、あ、あ………あの。昨日のこと順番に…教えてもらえるかな……いや、最初に聞きたいんだけど、あのさ……僕たちさ……」
ベッドに座ったまどか先生は、目を細めてにっこりと笑いながら僕を見た。
こげ茶色の丸い目は、保育士の顔ではなく男の顔をしており、ドキリとする。
「あーそれですか。実は俺もゲイ寄りで、渉さんと同じお仲間です。だから、すごく貴方が魅力的に見えましたし、実際誘われましたけどやってません。そこは大丈夫です」
「そこ………?」
まどか先生が僕と同類だったことに安堵したが、意味深な回答に疑問を持つ。
もう地雷が多すぎて既に瀕死の状態だった。
「はい。はっきり言いますと、セックスはしていません。が、それまでの色々は………しました」
「え、え、えぇーーー………」
驚きすぎて息を吸うのをしばし忘れた。酸欠になって、必死で呼吸する。金魚みたいに口をパクパクさせていた。
「わ、わわ、渉さん。大丈夫ですか?息吸ってください。すみません。本当に覚えてないんですか?」
「あ、いや……ほんとに、本当かな……」
慌てたまどか先生が僕の背中を摩った。
あり得ない。本当にあり得ない。
僕は今まで行きずりの関係や勢いでセックスをすることを、心底馬鹿にしてきた。
それに、僕の恋愛にはポリシーがある。僕なしでは生きられないように、生活から精神面まで支えて、最後におとすのが僕のやり方だ。鍼だってその為に使ってきた。もしまどか先生がその相手だとしても、順番が違う。
何もかもが僕の路線を外れている。
未遂でも色々したのなら大問題だ。記憶が飛ぶまで飲んだ挙句、初対面に近い相手に醜態を晒すなんて穴に埋まって死んでしまいたいと思った。
「渉さん、何考えてます?俺的には全然問題ないですから。むしろ惚れました。勢いで言っちゃいますけど、俺と付き合いませんか?」
「…………へ?………」
タンクトップを着ている彼の逞しい二の腕が、やけに色っぽく見えたのだった。
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