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第182話 渉の恋11

(渉語り) 「先日はありがとうございました。歩もすごく楽しかったって毎日言ってます。私も身体が軽くなって、重いものを持つのも随分楽になりました」 新城さんが王子様スマイルでにっこりと笑った。明後日の方向を見ていたまどか君が、不思議な顔をして僕に問う。 「先日……?お二人は仲が良いんですか?」 「あのね、あのね、わたるくんがおれんちに遊びにきたの。ハンバーグつくって、パパにはりをちくちくしたんだよ。ちくちくして、元気になったの。パパはわたるくんがすきなんだよ。おれもだいすき。へへへっ」 代わりに歩君が前に出て、まどか先生に一生懸命話しかけている。 それを優しく聞いている彼の横顔に、僕は胸がキュンとした。告白の返事はいつ言えるのだろうか。歩君達がいるところでは到底無理だ。 実はクッキーの件から、新城さんから連絡が来るようになり、色々相談を受けていた。歩君の子育てについてや、体調管理のこと。休みが重なった日は時々お宅にお邪魔して、ご飯を作ったり歩君と遊んだり、鍼を打ったりしていた。2人とも喜んでくれたので、僕も嬉しかった。 「そうですか。なんだ……渉さんは新城さん家に通ってるんですか。まるで3人は家族みたいに見えますよ。歩君、良かったね。パパが2人だ。………ええと……用事を思い出したんで、俺、先に帰ります。失礼します」 「えっ、まどか君……?」 彼は急に立ち上がり、その場を去ろうとした。訳が分からず慌てた僕は咄嗟にまどか君の手を掴んだが、すぐ振り払われてしまう。 新城さんに断りを入れて、人混みの中、見失わないように必死で追った。 「待って。まどか君。僕の話を聞いて。どうしたの?何か怒らせるようなことした?」 神社の階段を降りた所でようやく彼を捕まえることができた。息が切れてクラクラする。蒸し暑さも相成って汗が垂れてきた。 「怒らせる………?全くそんなことないです。俺は邪魔者かなと思っただけで、知らないのは自分だけだったんだな……と。前に渉さんが言ってましたよね。好きになると相手に尽くしてしまうって。私生活を自分なしでいられないくらい相手に依存させるのが、渉さんのやり方だって。その相手が新城さんだった。僕だけ舞い上がって何も見えてなかった。それだけです」 「えっ、新城さんは何も関係ないよ。ただの友達だから。何か誤解していない?僕は……僕は……まどか君だけだよ」 訂正するもなにも、真実しか言っていない。とんでもない勘違いをしている。ちゃんと説明したいのに、まどか君が僕から離れてしまいそうで、うまく口が回らない。 どうしよう……どうしたらいい……? 「新城さんの気持ちに気付いてないんですか?歩君だって知ってる。あれだけ尽くして知らんぷりは無いでしょう。俺は一方的にあなたを好きだったみたいですね。ごめんなさい。何と言ったらいいか……悲しいです。俺だけとか無理して嘘吐かなくていいですから」 違うよ。全然違う。僕が好きなのは君だけなのに。 「まどか君………ねえ……」 ゆっくりと、そしてしっかりとした力で、寄り添おうとした僕を重く突き放した。 彼の拒絶だった。 「渉さん………さようなら」 呟くように別れを告げられた。 彼の後ろ姿を目で追いながら、僕は脱力した。へなへなとその場に座り込み、何も考えることが出来なくなった。 それから、メールも電話もメッセージも繋がらなくなった。帰り道でも彼に会うことが無くなった。いつも僕を待ってくれていた川沿いの場所で、桜並木が寂しく葉を揺らしているのをただ眺めているだけだ。 そこに彼はいない。 まどか君が忽然と僕の前から姿を消した。

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