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第203話真夜中の訪問者1
(なごみ語り)
久しぶりに週末の休みが隼人君と重なった。
前日の夜から彼がうちに来て、ゆっくり過ごす約束をしている。隼人君の希望は、どこにも出かけずにパジャマ姿で自堕落に過ごしたいのだそうだ。ゆっくりしたい彼の気持ちも分かるので快く了承した。
偶にはそんな休日もあっていい。
会社帰りに駅で待ち合わせて、スーパーで買い物をしてから帰路に着いた。わざと人通りの少ない裏通りを選び手を絡めて歩く。冬が終わりを告げ段々と春が近付いてきていた。時折吹く風が梅の香りを連れてくると、切なかった昔を思い出し感傷に浸る。
その相手が恋人として隣で歩いていることに感動を覚える。見上げると、隣で花粉症の隼人君が小さなくしゃみをしたのち僕を見て笑った。
「なごみさんっ………」
「ひゃぁっ……何?」
家に入ると、靴を脱ぐ暇も無く隼人君に抱きしめられた。力が強く、まるで大型犬にでも飛びつかれたような衝撃を受ける。
お、重くてデカい。
「梅見てたらあの頃を思い出しました。ずっとこうしたかった。あの……大好きです。やっぱりあなたが側にいないとダメだ。好き、好き、、好きです」
好き、好きと連呼しながら勢いよくまとわりついてくるので、よろけそうになって彼を受け止めた。余程寂しかったのかな。
ネクタイが暑苦しくて緩めたいけども、ホールドされて動けない。
「隼人君、落ち着いて。明日もずっと一緒にいるんだよ。そんなにがっつかなくてもいいって。時間はいっぱいあるからね、……僕も好きだよ」
驚いた表情で顔を起こした隼人君が僕を見た。そして、赤い顔でボソボソと呟く。
「正直に言うと、このまま押し倒して、場所なんか構わないから、すぐあなたと繋がりたい。だけど、俺にも微かな理性と見栄があるんで我慢します。ご飯を食べて、お風呂に入って、ゆっくりあなたを頂きます。夜は長いですよね。だから……これだけ」
下向き加減だった僕のおデコを、隼人のおデコが近付いてきて、コツ……と優しく重ねて上に押し上げた。
「なごみさん、今日一日お疲れ様でした」
「うん………ぁっ……」
視線が絡み、自然と唇が重なる。隼人君の唇は優しい。甘くて熱いハチミツみたいな香りがした。僕を愛しく想って求めてくれる彼を拒むことなんか出来るわけがない。別に直ぐにセックスしたって構わなかった。
隼人君が『微かな理性と見栄』を総動員して決めたことだ。男に二言はないだろうから、黙って従うことにした。どこまで保つか見守ろう。ふふふ、隼人は可愛いな。本当に素直な忠犬みたいだ。
長い口付けで隼人君は落ち着いたようだった。僕の髪をくしゃりと撫でて、黙って靴を脱ぎ、ここでようやく室内へ入る。
そして、広い脊中がこちらを振り返った。
「さぁ、飯作りましょうか。腹減りましたね。手を洗ったら、すぐ取り掛かります」
「上着はこっちに頂戴。そう言えば、今日のネクタイ格好いいね。あんまり見ない柄だけど買ったの?」
隼人君のスーツの上着を受け取り、背伸びしてしゅるりとネクタイを解いた。見かけたことのないもので、彼が身に着けない色だから珍しいと思っていたのだ。赤色のそれは隼人君によく似合っており、誰かに貰ったことは一目瞭然だった。そして、決して安くないブランドなのもすぐに分かった。
安易に手が出せる値段のものではない。
「あぁ……これは昔、関西にいたときに貰ったんですよ。あ、べ、別に彼女とかじゃないです。何かのお礼だったかな……忘れちゃいました。なごみさん、もしかして気にしてます?すみません。深い意味はないんですよ。ただの貰い物ですから、嫌だったらもうしません」
「気にしてないよ。素敵だから、また着けてあげて」
「そうですか……ならいいですけど」
平静を装い、何ともないふりをして僕は笑った。僕にも過去の恋愛があるように、隼人君にも過去がある。今まで気にもならない程、彼から女の影を感じることはなかった。
ゲイの僕からしてみれば、異性の元恋人は恐怖でしかない。彼女達は何食わぬ顔をして、当然の如く元いた所へ彼を連れ戻してしまうだろう。隼人君の恋愛対象は元々女性だ。
ただのお礼ではないだろうと直感が告げていた。だけど、言う必要がないと思っているものを無理やり聞き出す勇気が僕にはない。鬱陶しくて女々しい嫉妬を晒したくなかった。
このちょっとしたもやもやは、ただの杞憂だといいんだけど。隼人君のネクタイをハンガーに掛けながらそう思った。
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