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第222話 大切をきずくもの5
(なごみ語り)
「ほら、野元はちゃんと店番しろよ。誰もいないからってサボるなって。で、なごみさんは何しに来てるんですか」
隼人君が手で野元君をカウンターの奥へ追いやった。惜しそうな顔でヤル気の無い猫背青年はそこに落ち着く。合コン以外は受動的になるようだ。
「雪絵さんに用があって、ついでに寄ったんだ。大野君こそ何してるの。仕事?」
「ここをリフォームしたいって兄貴が言うから、図面引いてもらうための立ち会いです。俺こそびっくりしました。さぁ、佐倉さん入って」
そう言いながら大野君は女性を招き入れた。肩下まで伸びたストレートの髪に、グレーのパンツスーツは彼女によく似合っていた。
利発そうな丸い目は、僕を見てにこりと笑う。素直に綺麗な女性だと思った。漲る自信が彼女をさらに魅力的に見せていた。
「お疲れ様です。大野君と同期の佐倉と申します。あの……秘書室の和水さん、ですよね?」
「……そうですけど。どこかで会ったことありましたっけ……」
本日2人目の僕を知っている人だ。普段ひっそりと生きている僕にとって驚きだった。当然、佐倉さんは初対面だ。
「佐倉さんは、なんで知ってんの?確かになごみさんだけど、何か接点がある?」
「大野君、知らないの?和水さんは有名人だよ。秘書室の王子様って呼ばれてて、みんなが噂してるの。あ、気を悪くしたらすみません」
『秘書室の王子様』と聞いて僕と隼人君は目を丸くした。『冷徹男』なら知ってるけど、王子様って無いでしょう。僕が王子様?
「はははははっ………何それっ。初めて聞いた。ふふふ、王子様って馬鹿にされてるみたい」
「馬鹿になんか……とんでもない。和水さんを秘書室の誰が射止めるか専らの噂です。すみません。実物に会って思ったんですけど、本当に王子様ですね。かっこいい」
かっこいい…………と言われて、対応に困った。僕はこういうことに慣れていない。
時々秘書室の子たちから、仕事とは違う視線を受けることがあり、気の所為だと流していた。
「ちょっと待って、佐倉さん。なごみさんはやめといた方がいいと思うよ」
隼人君が割って入ってきたので、ホッと胸を撫で下ろす。
「どうして?魅力的な男性に惹かれるのは、女性として当然で、あなたにとやかく言われる筋合いは無いと思うけど。それよりも君たちはどんな関係なのかが気になる。和水さんは1年先輩だから、どうやって仲良くなったの?関係が謎なんだけど」
「お、俺が前、本社にいた時に、なごみさんが……調達部で……その時に世話になったんだよ。別に……気が合うというか……飯食ったりしてるだけだけど。
とにかく、なごみさんには、めちゃくちゃ美人な彼女がいるんだよ。だから、やめたほうがいいと思う。敵わないって」
最初は強気だった隼人君も、最後には弱気になっていた。めちゃくちゃ美人な彼女は言い過ぎじゃないかな。嘘にしては過大すぎる。
「敵わないって、失礼ね。やっぱり彼女がいるんだ……秘書室の子ですか?」
「…………違うっ」
「大野君に聞いてないよ。和水さんに聞いているの」
「彼女は会社の子じゃないよ。大学の同級生だから、みんなは知らないと思う」
『会社の子じゃない』と聞いた途端、佐倉さんの顔が緩んだ。女の子は同じ括りで争うことをすごく嫌う。全くの部外者と聞いて安心したらしかった。女の嫉妬ほど醜いものはないと隼人君が以前言っていた。
「そうですか。和水さん、今度、飲みに行きましょうよ。彼女さんの話とか、秘書室の裏話聞かせてください。秘書室長も人気があるんですよ」
「機会があればいつでもいいよ。室長の話ならいくらでもあるから。大野君も行くよね?」
「ええ、まぁ……では……佐倉さんは、仕事しよっか。元の図面と、兄貴の要望がこれだから、確認してほしい」
「はーい。やりますか。和水さん、絶対ですからね。約束しましたよ。では……」
佐倉さんと隼人君の顔が真面目になり、メジャーや書類を出して話を始めた。
仕事モードの隼人君はかっこいい。背が高いから細身のスーツもよく似合っている。話す横顔は、僕と2人でいる時とは違って緊張感があり、惚れ惚れした。
雪絵さんはまだ帰ってこないので、暫く隼人君を見ていることに決めて、お茶を口に含んだ。すると、隼人君がこちらを振り返り、『また後で』と唇を動かして笑ったのだ。
後で……今夜は会えるのかな。嬉しさと恥ずかしさが混ざった感情が胸を締め付けた。
「あの、あの…………俺のことを忘れてないっスか?なごみサン、次男サン、俺も仲間に入れてください。お願いしますから、お願いします。俺に生きる意味を教えてくださーーい。飲み会に行きてーよー」
空気のような扱いを受けていた野元君が急に大声を出したので、その場にいた僕は思い出すと同時に可哀想になったのだった。
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