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第225話 大切をきずくもの8
(大野語り)
「はっ、ぁ、きもちいっ……もっと、もっと……キスちょうだい……おくまで、ちゃんと、挿れてよ……さっきから舐めてばっかりで、物足りなかった……ぁぁっ……」
「分かって、ますから……待って」
2回もイッたくせに、物足りなかったのか。
正面から向き合って突き始めると、なごみさんが気持ちよさそうにしがみ付いてきた。いつもより強い力に、どうしたんだろうと思いつつも本能には勝てずに、夢中で腰を振った。
ひな鳥のように口を開いて、俺の唇を吸ってくるなごみさんが本当に可愛い。
ちゅ、ちゅ、とキスを重ねると、首に手が巻き付き、顔ごと引き寄せられて熱烈なキスをもらった。唇が唾液で滑る。
いつもと違う様子に元カレ渉さんの言葉が頭を過る。なごみさんは不安定になるといつもより大胆に肌を合わせたがると言っていた。
これは何かあったな、と俺の第六感が告げた。分かりやすい変化だけど、自身は何も言わないので困る。そして、事が終了するとはぐらかされる可能性があった。今なら向かい合っているし、聞くだけならできるだろう。話すかどうかは、なごみさんが決める。
抽送を止めると、怪訝そうな表情で見上げられた。
「なごみさん、あの……」
「何?こんな時に、話でもあるの?」
目つきが怖い。『忘れたいこと』がもう少しで快感により薄らぐところだったに違いない。それを俺が邪魔したから怒っている。ここでひるんではいけないのだ。取り返しが付かなくなってからでは遅い。
「何かありましたよね。あなたの内面から見えるというか、感じます」
「な……んだよ、それ、訳わかんないし」
あからさまに目を逸らされて、俺の第六感が確信を告げる。なごみさんから白状する空気は全く漂っていないので、困惑した。
可愛くて、したたかで、だけど男らしくもある俺の恋人の唯一の難点は、何でも明け透けにしてくれないところだった。まず最初は我慢をして限界を過ぎても、人に打ち明けない。
「言ってくれなくてもいいですけど、洋一さんは、本心を隠して我慢するから心配です。俺の前で平気なフリはやめてください」
少しの間、沈黙が続いた。顔を隠している白い腕から脇にかけてのラインが綺麗だ。申し訳ない程度に生えている脇の下の毛にキスをした。それがくすぐったかったのか、ピクリと反応して、手を下ろした。
「急に何かと思ったら、隼人君は何でもお見通しなんだね。気になるだろうから白状するよ。…………あのね、母が帰って来るんだ」
「はは……お母さんっスか?」
なごみさんは家族の話をしない。親が遠い国で暮らしていると、付き合う前に聞いたことがあった。所帯染みた話は似合わないとまで思っていた。
「僕の中では縁を切ったつもりでいたのに……帰って来ると聞いたら、心がざわつくんだ。たぶん……僕に連絡が無かった事も、それを駅のポスターで知った事も、もう、向こうにとっては他人なんだと……そう思うしかないんだけど……」
「あの、え、駅のポスターって、何ですか?お母さんは有名人?」
「そうか。言ったことなかったよね。僕の母はピアニストをしている。『清香(さやか)』っていう……」
「うそ。地下鉄のポスター、俺も今朝見ましたよ。あの人が?なごみさんのお母さん?まじで?ポスターが貼りまくられて、駅一色青色でしたよ。本当っすか。有名人……」
さっきから質問攻めの俺に、なごみさんがふわりと笑ったので、少し安心した。
「はやとくん、いちいち驚き過ぎ。もうお母さんとか言って恋しがる年でもないのに不思議だね。思い出したように母の影は僕の心を揺さぶるんだ。情けなくて、恥ずかしいよ……」
終いには語尾が鼻声になっていた。なごみさんが家族というものに対して見せた意外な一面だった。いつも1人で生きてきて、病気をしても辛いことがあっても1人で、だけど1人で大きくなった訳ではないんだ。いつも背負っている寂しさが、掴みどころの無い儚さになっている。
俺がなごみさんを幸せにしたい。辛い過去から足を抜く手伝いをしてあげたい。
「あ、あの、、俺が、俺がいますから。だから、泣かないでください。」
「……あぁっ、奥まで挿ってきた……話をしたいのか、続きしたいのかどっち?」
思わず前のめりになって叫んでしまい、奥へ奥へと息子がなごみさんに挿っていた。ゆさゆさと腰を振りながら、ゆるく抽送を繰り返した。とりあえず今は快感に浸ってほしかった。
少しでいいから俺で頭をいっぱいにして、他のことを忘れてほしい。
「どっちもです。どっちもやります」
「……っそ、それは……無理……じゃない?……ん……」
「洋一さんは俺が幸せにしますから、笑っていてください。貴方には笑顔しか似合わない」
俺をまぶしそうな瞳で見るなごみさんが、愛しくて愛しくて、何度もキスを繰り返した。
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