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第227話大切をきずくもの10

(大野語り) 勤務先が同じになったからと言って、仲良く出社する訳ではない。時間差でなごみさんが30分早く出勤する。社長のお世話は、上司である東室長がやってくれるから大分楽になったらしく、それでも早めの出勤だ。 社長と室長は同棲をしているが、一緒に出退勤しているところは見たことがないらしい。 そして俺は、新プロジェクトの打ち合わせで、とあるブライダルサロンへ直行していた。 婚活イベントの宣伝媒体に協賛をもらうためだ。有名ホテルの中にあるここは、入り口からして煌びやかで入るのさえ躊躇われる。 このまま順調に行けば、ウェディングドレスには縁がない人生になるだろう、と入り口にある純白のレースを見て思った。 なごみさんはドレスが似合いそうだ。絶対に着てくれなさそうだけど、見てみたい願望はある。是非見てみたいな。彼は白がよく似合う。 俺の恋人はコスプレの類は一切やってくれない。この間、なんとなく願望を口にしたら、超冷めした視線に総攻撃されて、それ以上何も言えなかった。気持ちいいことに対して奔放になってはくれないのだろうか。 せめてパンツぐらい好みのを履かせたい。 「大野さん、お待たせしてすみません……はあー間に合った……おはようございます」 「お前……初めて訪問するところに遅刻はあり得ないだろう。全てにおいて弛んでるんだよ」 今の部署で時々お供に付いてくるのが、遅刻の中村誠だ。中村はなごみさん行きつけのコンビニ店員だった過去がある。まだ淡い恋心を抱いているようで、酔うとなごみさん、なごみさんと煩くて、ウザい。 「俺、家具やパーテンションを売るより、こういうイベントの企画がやりたかったんですよ。ようやく動き出すと思うと興奮して眠れなくて……すみません」 「そんな浮足立ってると足元掬われるぞ。このプロジェクトには参加したかった奴が沢山いるんだからな」 中村は志願し、社内審査を経て選ばれたが、調子者の節がある。確固たる自分のペースを保っており、他人には左右されないが、軽めなところが玉にキズだ。 「…………はいー、大丈夫ですって。ってか大野さん、聞いてくださいよ。さっきここのロビーに有名人がいて、サイン攻めにあってましたよ。ピアニストっていうんすかね」 「なんでピアニストって分かるんだよ」 「だってみんなピアノが書いてあるCDを持ってたんで、気になって聞いたんですよ。さやかっていうピアニストだって。オバさんだけど、めちゃ美人なんすよ。俺、ファンになりそうでした。遠巻きに見てきましたけど、もう一回じっくり見たいっス。帰りもいるかもしれない」 中村は興奮冷めやらぬといった感じで、綺麗だったんです、と何度も話していた。 さやか、というピアニストには聞き覚えがあった。なごみさんのお母さんの名前だ。タイムリーな話題に内心かなり動揺していた。確かに有名人だったら、都内有数の有名ホテルに泊まるだろうし、ファンも押し寄せるだろう。 いやいや、これは偶然だろうか。 営業職をやっていると時々訪れる瞬間がある。絶妙なタイミングで物事が運び、俺が契約を取るために起こったのではないかと思う時だ。つまり、必然だと思うしかないことがあるのだ。 「ほら、大野さん見てくださいよ。ディナーショーやるらしいっす。S席55,000円完売御礼って、庶民には理解できませんわ。フランス料理は美味そう。ディナーショーって食べながら観るんですよね。どっちやればいいの、みたいな」 「あほか。お前には常識もないのか。食べてから観るんだよ。ほら、アポイントの時間だ。行くぞ」 「気になってたくせに軽いっすね」 中村が凝視していたディナーショーのポスターには、なごみさんそっくりの美人さんが、淡い水色のドレスを着て微笑んでいた。

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