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第228話大切をきずくもの11

(なごみ語り) 今朝は珍しく室長より社長が早く出社してきた。あまり職場にプライベートを持ち込まない人だが、社長は機嫌が悪く、スケジュールの確認時も言葉数が少なかった。 自席に戻り、PCの画面に集中している左斜め前の室長に視線を送ると、無言で威圧される。喧嘩したのだろうと安易に想像がついた。夫婦臭がダダ漏れなのに、知らないフリをしなければならないのは辛い。 夫婦喧嘩は犬も食わないと言うから、そのうち仲良くなっているといいのだけど…… 昼休み、いつも外へ食事に出かける室長が珍しく席で仕事をしていた。それを見た秘書室の女子達が席に群がり出し、途端に騒がしくなる。 「室長、お昼行かないんですか~?室長が好きなお蕎麦屋さん、早くいかないと並びますよぅ」 「早く行きましょうよ〜」 「いや、今日は遠慮しとく。君たちだけで行ってくれればいいよ。すまないが、待ってる資料があるんだ」 「ええーー!!」 「悪い。また次の機会に行こう」 「そうですか……残念。次は絶対行きましょうね」 女子社員達は少しの間粘っていたが、昼休みも短いので渋々はけていった。 その様子を見ながら、僕は買ってきたパンを自席で食べる。もしゃもしゃと咀嚼しながら、笑いがこみあげてくるのを堪えていると、再び目が合った。 気付けば秘書室内には男2人しかいない。ここの女子はみんな肉食だ。 「室長、酒の付き合いはしたくないから、せめて昼ご飯ぐらいは同席するって言ってましたよね」 少し前、酒の席を断り続ける室長の前で女子達が号泣してから、彼女達に対する姿勢が少し柔らかくなった。昼食へ共に出かけるようになったのである。立場上、部下のメンタルも気にしないといけないので、室長が考えた苦肉の策だった。上司は大変だなと僕は思う。 「うるさい。俺にも色々事情があるんだ。気に掛けるべきは部下だけじゃない」 「……もしかして、そのことで社長と喧嘩したんですか?」 僕が聞くと、太く突き刺さるように不快な顔をされた。どうやら図星のようだ。 「俺が女に囲まれてヘラヘラしてるんだと。喜んでいる風に見えて、みっともないんだとよ。誰が好き好んでやってるんだよ。くそっ」 机上の書類を重ねた室長は、机から別のファイルを出し、目を通しはじめた。 「いっつも嫌々引き摺られるように連れて行かれますよね。社長も意外とヤキモチ焼きなんだ。愛されてるじゃないですか。いいなぁ」 「そんな愛などいらん」 室長は、フンっと鼻息荒く盛大なため息をついた。 思えば、この秘書室は彼がゲイであるお陰で平穏が保たれている。寄って集って来る女子に興味がないので、何事も血生臭い争いにはならない。室長はいつまでも雲の上の人だ。 それに社長も分かっている上でのヤキモチなのだろう。拗ねちゃって、可愛いな。 何をしていても室長は社長しか見ていないのに。一途な人は、仕事ぶりを見ててもだいたい分かる。 「和水。にやにやしてるが、おっさんの嫉妬ほど見苦しいものはないぞ。あの人は特に嫉妬深い。勘弁して欲しい」 「ふふふっ…………ごちそうさまです」 眉間を押さえて唸る室長に笑っていると、僕の携帯が震えた。隼人君かと思って確認すると、知らない番号だった。いつもは出ないのに、何故かその時応答してしまったのだ。 「………………もしもし…………」 電話の向こうには、聞いたことのない男性の声が聞こえた。

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