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第229話大切をきずくもの12
(なごみ語り)
知らない番号は、自らを『カミヤ』と名乗った。さっきまで笑っていたので、口角筋が引きつりそうになる。低いトーンの声に寒気がした。声の感じからして僕と同世代だろうが、話し方は至極機械的だった。
カミヤさんは僕の名前まで知っていて、『なごみよういちさんですか?』とフルネームで聞いてきた。どこから僕の番号を知ったのか、用件は何なのか、聞きたかったけれど、有無を言わせない威圧的な冷たい口調に僕は口を噤んだ。
「はい、そうですが……」
『失礼を承知の上で連絡しております。洋一さんは清香のご子息で間違いありませんね。』
いきなり母の名前を出されて息が止まりそうになる。
母とは10年近く連絡を取っていない。その間に僕はメールアドレスも携帯番号も変わっている。だから母が知っている訳がないのだ。
僕が沈黙していると、それが回答だと受け取ったようだった。カミヤさんは話を続ける。
『ご存知かと思いますが、清香は現在、凱旋帰国をしております。』
「…………それが何か。」
そんなこと僕には何も関係ない。母の帰国を知って騒ついた心がようやく収まりかけてきたのに、再び蒸し返されて不快なくらいだ。
『久しぶりの帰国で清香も気持ちがナイーブになってます。芸術家は心が基本です。ましてやピアニストは己の乱れが指先に現れます。だから、あんなことをされては非常に困るんですよ。親に対する嫌がらせですか。』
あんなこと……とは何かと僕が問うと、馬鹿にされたような乾いた笑いが電話口から聞こえた。
『お友達を使って、清香に会いたいと言わせておいて惚けるつもりですか。疎遠になって随分経つのに、今更と清香は塞ぎこんでますよ。ホテルでの仕事も本番に臨めるか分からない。』
「ちょ、ちょっと待ってください。僕は何もしていません。友達って、誰ですか。」
『清香には名刺を渡したようですが。背の高いスーツの方でした。ご存知ないですか。本日公演予定のホテルで、あなたが会いたがっていると清香に連絡先を渡してきたのですよ。身に覚えがないなら、尚更、清香とあなたの関係を他口しないでもらいたい。気安く息子を名乗らないでもらえませんか。とにかく、日本公演を無事に済ませるまでは、会いたいなんて馬鹿げた行動は慎んでもらいたい。』
頭がパニックになって、カミヤさんの言葉を流すのが精一杯だ。誰が会いにいったのかは容易く想像できた。一体どうして、何故相談もなしにそんなことをしたのだろう。
スマホ越しの震えた手に汗が滲む。僕は何について責められているのか、よく分からない。もうあの人の息子という事実自体が、忌まわしい鎖のように絡みついていた。
息子の僕は恥ずべきことだったのか。
もしかしたら会いたがってるかもしれないと心の底で抱いていた淡い期待が凍りついた。
母さん自身から拒否されるより、第三者から言われることの衝撃は、今まで受けてきた何よりも苦痛だった。
哀しみと怒りの感情が僕の中で渦巻いて、心を侵食し始めていた。
電話を切った後、涙が滲んできた。近くに東室長がいるにもかかわらず、伏せた頰には涙が流れた。
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