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第231話大切をきずくもの14

(なごみ語り) それから、小1時間程でデスクへ戻ることができた。プライベートで落ち込んでいても、仕事は仕事だ。給料を貰っている以上、やらなければならない。 ふらふらと覚束ない心を支えながら、ミスをしないように、いつもより気合いを入れて仕事をした。結果、夕方には心身が疲弊してグッタリしてしてしまう。 そして、隼人君に会わないよう就業時間が過ぎたのを確認すると、急ぐように退社した。散々考えた後、今夜だけは渉君の家に泊めてもらえないか頼んでみることにした。冷静に1人で考える時間が欲しい。 今彼に会ったら喧嘩どころかそれ以上になってしまうかもしれない。相手が良かれと思ってやってくれたことを無下にするなんて、僕にはできなかった。隼人君を大切に想う気持ちが、カミヤさんに傷付けられた自分に負けてしまう。それは良くない。 最寄駅前で、渉君への電話を1コール鳴らした時だった。背後からクラクションを鳴らされて、身体が跳ねる。 振り返ると、黒い四駆を運転している人影が僕に手を振ってるように見えた。そのような知り合いに覚えがないので、無いだろうと無視していると今度は大きな声で呼ばれる。 「なごみっ、こっちだ。久しぶり」 「…………諒……………?」 諒はハザードランプを点滅させると、車から降りて僕の元へやってきた。 「こんな時間に帰るとは珍しいな。前はいつも遅くまで仕事してた気がするが」 「……あぁ、たまたま……今日は早かったんだ。そういう日もあるよ」 「これから用事があるのか?」 「ううん。疲れてるから帰ろうかと思って」 「お前らしくない理由だな。仕事に対して弱いとこを見せなかったのに、何かあったか」 「何にもないよ。僕を買い被りすぎだって。いつもと同じ」 「ならいいけど。疲れてるように見えるからさ」 嘘じゃなかった。一刻も早く、リラックスした格好で何も考えずに眠りに就きたかった。そして、渉君に鍼も打ってもらいたかった。今日は考えすぎで、頭が1番疲れていた。そのためか身体が鉛のように重く感じる。 「俺さ、昨日まで海外に行ってたの。日本食が恋しくて、よかったら食事に付き合ってほしいんだけど。予定がないなら飯でも食わないか」 「えっ…………」 「たまたま、たまたまお前を見かけたから誘ってるんだ。構えなくてもいい。もう前みたいに嫌がることはしないよ。なごみには恋人がいるのは知ってる。俺は気心知れた奴と飯が食いたいだけなんだ」 疑いながら、一歩下がって見つめると困った表情をされた。ぽりぽりと頰を軽く掻いている諒は以前のような愛くるしさもある。嘘を言ってる訳じゃないんだろう。 それに、自惚れるのも程がある。諒はモテるから新しい恋人の1人や2人はいるだろう。僕のことは何とも思っていないに違いない。気する方が野暮だ。 僕たちの間にはそんな下心は存在しないだろう。 「いいよ。僕でよければ。諒の土産話を聞かせて」 「1人で食べても不味いから、どうしようか悩んでたんだ。じゃ、乗ってよ」 とにかく目の前の問題から逃げたかった僕は、諒の車に乗り込んだ。 美味しいもの食べたら気分は上を向いてくれるかもしれない、そんな気がした。

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