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第232話大切をきずくもの15

(なごみ語り) 当たり前だけど、諒と食事へ行くのは久しぶりだった。5年近く疎遠だった関係はすぐ打ち解けるものではなく、今の事情を知らない諒は僕にとって有難かった。今は母について考えたくない。 諒が案内してくれたのは車で20分程の駅前にある小じんまりとした小料理屋だ。静かな趣きは諒が好みそうな雰囲気だった。 席に着くなり、卵焼きやら、鯖の塩焼きや、おひたしなどを注文して、がっつくように食べ始める。聞くと、ずっとオーストラリアの海上にいたため日本食は1ヶ月ぶりだそうだ。食欲があまりなかった僕は、少しつまみながら様子を見守っていた。 「オーストラリアへは、依頼された仕事という訳でなく、自分のために行った。あっちに知り合いが出来て、来ないかと誘われたんだ。他に依頼も入っていなくて、いい機会だから行ってきた」 「日本からは1人で?」 「そうだよ」 白米をかき込む姿を見て、ふと前の彼とはどうなったのか気になった。『前の彼』とは、助手の未央という少年だ。 「未央君……だっけ?連れていかなかったの?」 「まさか。あいつは、そういうとこへつれていくような奴じゃない。俺の師匠の息子なんだよ。まだ18で体弱いし、易々と海外へは連れ出せない」 身体は弱そうでも眼差しは強かったと隼人君が言っていたのを思い出した。諒の思いとは裏腹に未央君は行きたがったに違いない。 「頬にご飯が付いてるよ。もっとゆっくり食べたらいい。未央君、諒を探してるんじゃないか」 自然に笑みが零れる。こんなに子供っぽい面があるなんて知らなかった。前は諒に依存し過ぎていたから、見ようともしなかった。 自分の理想に諒を当てはめていただけに過ぎない。 そう、誰にだって知らない面はあるのだ。 僕の知らない諒、僕の知らない隼人君、僕の知らない渉君…… そして、僕の知らない母…… 向かい会おうとしなかった過去の自分へ、理由ばかりを尋ねることをやめようと思った。自らが放置してきたことに対峙する時が来たのかもしれない。 逃げてばかりいた僕に母が日本へ来て、隼人君が背中を押してくれた。お膳立てをしてもらわなければ動けなかった。 今、向き合わなければ、一生悔いが残る。 「なごみ……変わったな」 「え?どこが?」 「強くなった気がする。今からでもいいから、俺んとこに戻ってこないか?幸せにしてやる自信はあるよ」 「もう諒とは終わってる。それに今が十分幸せなの。間に合ってます」 「ははは……即答か。やっぱりお前は強くなった」 「褒め言葉だけ貰っとく。ありがとう」 諒と別れたから、今の自分があるのだ。これは通過点でしかない。 「あ!!!諒サン、こんなとこにいた……探したのに……何してんの?帰ったら連絡してって言ったのに……」 「げ……未央……」 「げ、じゃないでしょ。約束破って酷いよ」 噂をしていたら、警察犬の嗅覚のごとく諒を探しに未央君がやってきたのだ。行動パターンは全てお見通しらしい。 僕を見るなり、身体中から威嚇してきたので、早々と退散する準備をする。 未央君がいれば諒は大丈夫だろう。そして、好きな人の元恋人ほど怖い存在はないのも、痛いほど理解出来る。どんな関係でも仲良くしていたら気に食わないと思う。 「邪魔者は退散するね。未央君とお幸せに」 「え、あ、ああ……って、またな。また飯でも行こう」 「今度は隼人君も連れて、4人で行こう。ごちそうさま。じゃあ、おやすみなさい……」 店を出ると日はすっかり落ち、夜の闇が辺りを包んでいた。僕は深呼吸をして、伸びをする。まずは隼人君と話し合うため、電話を掛けた。

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