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第233話大切をきずくもの16
(大野語り)
今しかないと思った。
なごみさんのお母さんにどうしても会いたくて、打ち合わせ終わりにディナーショー会場付近で待っていた。
よく考えたら、当の本人が普通にうろうろしている訳がない。村上を先に帰らせて、ショーが終わるまでホテル内のラウンジで張っていた。
思いつきの行動だから、清香さんのスケジュール配分が分からない。宿泊はこのホテルだろうし、待っていればなんとかなるだろうという行き当たりばったりの行動だった。
2、3時間ほど待っただろうか。
ロビーを歩く、目立った人影を発見した。
長い髪を束ね、キャップを深く被り、マスクをしているその影は誰がどう見ても目を引く。
一瞬見えた目元が、なごみさんのものと似ていた。その時、彼女が清香さんだと確信する。
ホテルを出たと同時に、彼女へ声を掛けた。
重々失礼だと承知している。
知らない男に後を尾けられ、ストーカーまがいのことをされたら、恐怖以外の何ものでもないだろう。
でも、なごみさんに蟠り(わだかまり)を解消して欲しかった。家族のことになると曇る笑顔に、過去から逃げなければならなかった愛しい人に、1歩前へ進んで欲しいと心から願ったからだ。
「あ、あの…………清香さんですよね」
「…………え、あ………………」
立ち止まった清香さんの目が泳ぐ。
不審者を訂正するかのごとく、慌てて自らの説明を始めた。
「突然すみません。俺、大野隼人と申します。なごみさんの……洋一さんのことでお話があります。少しでいいのでお時間をいただけませんか……」
絞り出した声は緊張で震えていた。
お願いだから、話だけでも聞いてはくれないだろうか。祈るような気持ちで目を瞑った。
「…………洋一?あなた、洋一を知ってるの?本当に?洋一は今どこにいるの?」
『洋一』という単語を聞いた途端、清香さんの表情が変わった。マスク越しに見える陶器のように白い頬が赤く色付いたのである。
「ここではなんですから、落ち着いた場所で話しませんか」
ホテルの建物を出て、通路を挟んだ向かいの喫茶店へ入った。
古い喫茶店には、清香さんを清香だと認識する人はおらず、静かな佇まいで俺たちを受け入れてくれた。
帽子を取り、マスクを外すと、なごみさんと瓜二つの顔が出てきた。その美しさに息を飲む。
なごみさんが28歳だから、早くて20歳で産んでいても、年齢は50歳違いはずだ。
しかし目の前の彼女は、なごみさんの姉だと言われても何の疑う余地はないくらい、若々しかったのだ。
こういう人のことを美魔女というのかと暫し見惚れてしまう。和菓子屋の女将と雲泥の差である。
「洋一は元気でしょうか」
清香さんは丁寧に淹れた紅茶を上品に一口飲み、俺を見据えた。
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