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第235話大切をきずくもの18

(なごみ語り) 夜遅く、僕の家で隼人君と落ち合った。 「カミヤって奴はそんな酷いことを言ったんですか……?マジですか……よくもまあ有り得ない事に悪意を込めてなごみさんへ伝えましたね」 諒と別れた後、隼人くんはすぐに捕まった。お互い電話口で辻褄の合わない話を繰り返したので理解不能であったが、こうして会って擦り合わせをすると流れが読めてくる。 「本当に、母さんは僕と会いたがってる……?」 「はい。俺が声を掛けた時も、なごみさん家を見に行くって出掛ける途中でしたから。年に一回は元気かどうか自分の目で見ていたそうです。気になってたんですよ」 頭が混乱する。 僕はいないものと思われていたのでは…? ずっと無視されて、興味がなくなったのだと思っていた。そう折り合いを付けないと心が呼吸出来なかった。 芸術家肌でピアノしか弾けなくて、いつも気分で行動する母と共にした幼少時代は楽しかった。宝石のような輝きを拾い集めるような、新しい発見に毎日が溢れていた。 よく泣く僕に対抗して母が自ら泣き出した時は、呆気に取られて笑顔になったのを覚えている。 その頃の母と変わっていないのかな? ピアノが弾けなくても生きていていいの……? 「でも困りましたね。『カミヤ』はよく思っていない。きっと清香さんが持っていたメモを見付けて問い詰めたんでしょう。ホームページに載ってましたけど、カミヤは清香さんのマネージメントらしいです。ところで、清香さんはお幾つですか」 「……22で僕を産んだから、50歳くらいかと」 「えええっ、全然見えない。うちの支店にいた事務の中林さんはより若く見える……中林さんは36歳だってこの間言ってましたし。ピアニストは年取らないんですか……和菓子屋は年取りまくりですけど」 「まさか。ただの若作りだよ。隼人君のお母さんは素敵な人じゃないか」 昔っから少女のような風貌の母を思い浮かべた。我慢をせず、気の向くままに育ってきたお嬢様のため、ストレスは少ないだろう。彼は大袈裟だ。 「テレビでは見たことありますが、美魔女という人種に初めてお目にかかりました。なごみさん、これからどうします?カミヤがいる限り連絡をとることが不可能ですから、直接会いに行くしかないですけど」 「うーん…………分かんない。隼人君はどうしたらいいと思う?」 「珍しいですね。あなたが重要な決定をする前に意見を仰ぐなんて。俺は、会った方がいいと思います。でもこれは俺個人の意見であって、本当のところ当事者にしか気持ちは分からない。俺は……なごみさんが悲しんで嫌な思いをする姿を見るのが1番辛いんです。そうしない方向でお願いします。あなたの笑顔を見ないと、生きている心地がしない」 「…………ずるい。結局は僕次第じゃないか……」 ソファに座って項垂れると、隼人君の大きな手が僕の頭をゆっくり撫でた。 『あなたの笑顔を見ないと生きいてる心地がしない』なんて殺し文句を聞かされたら、選ぶ選択は決まってしまうじゃないか。 結局、隼人君の言う通りになる。 ズルい……本当にズルい…… 「なごみさん……例えどんな結果でも俺達が変わることはありませんから、気持ちの赴くままに選んでくださいね」 隼人君は、指先が髪を梳く動作に目を細める僕に優しいキスをくれる。仕草が色を持ち始めることに時間はかからなかった。 「清香さんの件はゆっくり考えるとして……とりあえず、しませんか」 「なに、その誘い方……ふふっ」 「抵抗しないってことはいいんですよね、ね?」 「ん…………」 舌がぬるりと口内へ入ったかと思えば、いやらしい指先がパンツの中にも侵入してくる。 「大丈夫です。何があってもあなたは俺が守りますから」 「うん…………」 「だから、今は行為に没頭してください」 僕の身体もすぐに反応し始め、隼人君を求め始めた。 頭が色んなことでショートを起こしそうだ。整理をするために余所事に没頭したかった。 過去に囚われた僕を助け出すのも隼人君で、優しく包んでくれるのも全て隼人君である。 僕の全ては隼人君中心で回っている。 確信に似た愛しさを感じながら、快楽に身を任せた。

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