236 / 270

第237話大切をきずくもの20

(なごみ語り) 「なごみさん、本当にいいんですか?」 「うん。大丈夫」 「心配で胃が痛いです。せめて側までついて行かせてください」 「隼人君。平気だから、ここで待ってて」 「でも……」 「これは僕の問題。ちゃんと解決してくる。信じて見守って欲しい」 実は昨日の晩、意を決してカミヤへ電話を入れた。言われっぱなしなのにも癪に障ったし、母に会うためにはカミヤという障害物を越えなければならない。 僕からの用件をカミヤは嫌そうに受けても、最後まで聞いてくれた。表向きは『清香のため』と言っておきながら、実子である僕に対して私怨が込められている予感は的中した。 やはり、ただのマネージャーだけではないようで、カミヤは母さんに好意を抱いている。 所々、彼女を過剰に庇っていた。 カミヤと母さんは親子ほど歳が離れている。報われない恋をしているのかもしれない。だが、これはこれ、それはそれである。僕は彼に同情はしなかった。 カミヤから公演終了30分後に控え室へ来るよう言付かっていた。 緊張しながら裏口から控え室のある廊下を歩く。 隣に隼人君がいてくれたらどんなに心強いことか。 だけど、これは僕の問題で、恋人に頼ってばかりでは心許無い。カッコイイ所を見せなきゃ。 コンコン……と軽くノックをする。 乾いた金属音が廊下に響いた。 反応がないので、もう一度ノックしようとした途端、急にドアが開き、中から飛び出した誰かが僕に抱きついた。驚きで心臓が飛び出そうになる。 その人物が母だということを認識するのに、時間はかからなかった。 「洋一…………やっと来てくれた……」 落ち着くまで、相手の背中を摩ってみる。 大丈夫らしい。嫌悪は感じない。 「廊下ではなんですから、お入りください。清香さんもこちらへ」 そこへすかさずカミヤが現れ、僕から母さんを離す。 控え室は薔薇で溢れ、噎せ返るような花弁の匂いがした。 「あなたが舞台から見えた時、叫びそうになっちゃった。来てくれてありがとう」 「舞台から僕が分かったの?」 「ええ、勿論。私は目がいいの。洋一、大人になったわね。もっと近くで見せてちょうだい」 僕の顔をまじまじと見つめる。僕は、母によく似ている。昔っから母似だった。 「仕事は忙しくない?」 「そこそこ……」 「ご飯は食べてる?」 「まあまあ...…」 「その返事の返し方、昔から変わってないわね」 彼女が嬉しそうにふんわり笑うと、部屋の空気が一気に柔らかくなった。 「あの……その……色々迷惑を掛けて、ごめんなさい。つまらない意地ばっかり張ってた」 「謝らなくていいの。悪いのは全て私で、洋一は何にも悪くない。あなたが幸せならば、私は何も望まない。子は親の所有物ではないと早く気付くべきだった。長い寄り道をしたけれど、またこうして会えるかしら。あなたの生きる道を陰ながら見守りたい」 「はい、もちろん」 「先日の彼も一緒に食事でもしましょうか。カミヤ、一昨日行った焼肉屋さんへ予約を入れてくれない?」 「えええっ、今から?」 「当たり前でしょう。今からよ」 言われた通り、カミヤは何も言わずに予約を入れる。 お互い様と言うか、気まぐれで行き当たりばったりなところも変わっていなかった。 全く動揺もしないカミヤにプロ根性を感じた。

ともだちにシェアしよう!