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第244話夏の宵に君へ伝える1

(なごみ語り) 母のことが片付いてから、暫くは平穏な日々だった。仕事は特にこれと言ったトラブルも無く、公私共に充実していた。 だが、そんな日々に変化が訪れる。 出張することになった社長が、単独で行くかと思いきや、お供に僕を指名したのだ。 通常、我社では秘書が役員の外出に付き添うことはまず無い。ドラマや政治家のように張り付いて管理もしない。社長が1人で行動することを好むからだ。 あくまでサポートであるにもかかわらず、秘書室から僕を連れていくと言い出した。 そうすると、東室長の機嫌がすこぶる悪くなる。 室長の名誉のために言っておくが、恋人である私情が前面に出ている訳ではない。 部下を連れて行こうとする、しかも営業部ではなく秘書室の僕をというところがイレギュラーすぎると、社長へ噛み付いた。だったらお前が来い、と社長に言われるも、室長は職務上事務所を空けることができない。 恋人だから踏み込んだ忠告もしたと思うが、社長が折れず、結局僕が行くことになってしまった。 しかも行先は南の島、沖縄である。 「えええっ……なごみさん、行くんすか?」 「命令だからしょうがないよ」 案の定、僕の恋人も難色を示した。 「何の為に貴方を連れていくのか気になるんですが」 「沖縄支店の視察の為って聞いてる」 「視察なら余計に必要ないじゃないですか。営業が同行すればいいんですって。そんなこと、なごみさんがすることないんです」 実は、面と向かって社長にも確認をした。返ってきた答えは『なごみ君は外見に嫌味がないから』だった。 外見を持ち出されて焦ったが、どうやら現地でそつなく世話ができる、人畜無害な部下が必要なようだ。 だが、今ここで隼人君に説明しても火に油を注ぐだけであるため、あえて伝えない。 「だって沖縄でしょう?俺だって貴方と行きたい」 わざとらしく『貴方と』を強調してくるところがあざとい。僕の罪悪感を煽ってん、 「ごめん。仕事で断れない……それに、1週間だからすぐ帰ってくるよ。怒る程じゃない」 「分かってます。だから、むかむかしてるんです」 年末と同様で、社長の気まぐれに再び振り回されていた。

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