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第249話夏の宵に君へ伝える6
(なごみ語り)
それから2日が過ぎ、事務所内はほぼ片付いた。
次は、1週間以上止まっていた事務処理を片っ端から処理する作業へ入る。
信じ難いことに、僕を置いて社長は早々と東京へ帰って行った。とてもじゃないけど1人でできない仕事の量に『代わりの人間を寄越せたら送る』と、約束したものの、未だ誰も来る気配がない。
社長は、僕に対し全く容赦が無い。東室長へ泣きつこうと思ったが、本当に困った時の最終手段として取っておくことにした。まだ僕1人でなんとかなる。
経理の月締め日が近いので、経費伝票を纏めていた時だった。
(あれ……これって、おかしくないかな)
僕は経理端ではないので、売上の詳細についてはよく分からない。だが、領収証の束を処理するくらいは出来る。過去の伝票を確認していくうちに、支店長決裁額の10万円で、食事やホテルの領収証が複数枚あることが判明した。遡ればもっとある。
不倫に必要な金を会社から調達していたらしい。もはや横領という犯罪者でもある元支店長の悪行に、助っ人の僕でも腹が立ってきた。
「比嘉さん、支店長は、羽振りがよかったですか?」
「ええ、身なりは小奇麗にきちんとしてました。見た目も年相応よりは良かったと思います」
「やっぱり……経費で結構落としてるみたいですが、知ってました?」
領収証は、例のお相手が処理していたようで、比嘉さんを全く介していなかった。
比嘉さんは目を丸くさせ、驚いた表情で僕を見た。
「ちょっと、これ……横領って警察に通報しなくてはいけない案件じゃないですかっ!!」
「今から社長へ報告します。彼のやったことが、穏便に済まなくなってきました。これからどうするかは、会社が決めると思います。恐らく支店長は退職を免れないかと」
「身から出た錆に飲み込まればいいのです。自業自得です」
懲戒解雇が妥当で、諭旨退職にしてもらえるかどうか。この状況は、前者が濃厚だった。犯罪者に情けをかける程、お人好しの会社ではない。
僕は見たままを報告書に記した。証拠の書類をスキャナに撮り込み、添付して東室長へ送信する。間もなく、事務所の電話が鳴った。
「遠いところから、毎日お疲れさま。社長は出かけているんだ。帰り次第書類には目を通してもらうよ。和水の役目は終わったも同然だな」
「訳も分からず連れてこられた目的がやっと分かりましたよ。人選ミスじゃないかと今でも思います」
「内密で調査したかったんだろう。この会社には社長の独断で動かせる人間が少ない。俺だと目立ちすぎる。反対に和水は良くも悪くも気付かれない、格好の人選だよ。幸いなことに、沖縄の件はまだ噂にもなっていない」
目立たないと遠回しに言われて、もやもやっとしたが、東室長は正しい。僕は目立たなく生きていたつもりなので、当然の見解である。
「あと2日もすればこちらは通常業務に戻ります。そうすれば僕の役割は終わりです」
「来週早々には出社して、社長の秘書に戻ってくれ。あの人は我儘が過ぎる」
「社長のことは室長が一番分かってるんじゃないですか」
「良くも悪くも俺は疲れた。そう言えば、今回の出張で『頑張ったご褒美』があるらしいぞ」
「そんなことよりも早く帰りたいです」
「社長の厚意は滅多にないから、貰っておけ」
「意味深すぎて怖いんですけど……」
臨時ボーナスが貰えたりするのかもしれない。
正直、他人の偏った恋愛事情に心底辟易していた。
自らも満たされたくてしようがない。隼人君に甘えたい気持ちを抑えるように、PCへ向き合った。
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