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第251話夏の宵に君へ伝える8

(なごみ語り) 僕は、玉田さんの告白に何も意見することが出来なかった。周りのみんなも、静かに聞いている。 切ない恋物語を聞いているようだった。この人は支店長に恋をしていた。ずっと叶わない想いを抱いていたのだ。彼の心から、胸を締め付けるくらい強い気持ちが伝わってくる。 支店長が周りの女子を取っかえ引っかえしているのも知っていた。どうせ、伝えても気持ち悪がられるからと、諦めていたのだろう。 愚かで貪欲な支店長の身を滅ぼす恋は、破滅を迎えた。彼の並外れた強欲の所為で全てを失うことになる。 そんな彼を放っておけなかったのだろう。玉田さんが、冗談を装って提案した案に支店長は乗った。 『路頭に迷っていた支店長に、ほとぼりが冷めるまで俺の家にいてくださいと提案しました』 ほんの出来心だった。こんな大事になるとは思わなかった、和水さんにも、会社にも、支店のみんなに迷惑を掛けてしまったと、玉田さんは泣きながら弁明する。 悪びれもせず玉田宅に居座る支店長に苦しくなり、これ以上匿うには限界だったようだ。嘘をつくのにも疲れたのだろう。 これは憶測だが、玉田さんには惚れた弱みがあったのではなかろうか。僕はゲイなので、玉田さんの気持ちが分からなくもない。好きな相手には尽くしてしまう恋心の切なさと、ジェンダーの残酷さを感じた。 「今から支店長を捕まえに行くか?」 「捕まえた支店長をどこに置いとくんだよ。どうせまた逃げるだろう」 「困ったわ……一言言ってやりたいけど、顔見たら殴ってしまいそう。なごみさん、どうしたらいい?」 みんなの視線が僕に突き刺さる。だが、僕に指示できるような権限はない。 子供の遊びではないのだ。社会的責任を果たせない大人を捕まえておく必要もないし、世間はそこまで寛大ではない。 それに、支店長は完全に信頼を失墜していた。 「本社に確認するしかないですね。今日は遅いので、明日の朝1番に指示を仰ぎます。それまで玉田さんは知らない顔をしていてください」 「…………はい…………帰る日の朝まで迷惑を掛けてすみません」 「いいですよ。明日は直接空港へ行く予定だったので、電話するくらい構いません。また明日連絡します」 項垂れる玉田さんに、島袋さんが寄り添った。確か2人は同期である。 「家に帰るのが嫌だったら俺が朝まで付き合ってやるよ」 「いや、いい。支店長が逃げないように見張ってる。最後だし。せめてこれぐらいしないと」 少しの間だったけれど、沖縄支店での仕事は、僕にとって有意義だったと思う。 ほとんど事務所に籠りっきりで、観光らしいことができなかったのが心残りだ。どす黒い空気が鎮座していた事務所は、さぞかし居心地が悪かったに違いない。人の感情、特に負の思いは空気より重く、いつまでも空間に溜まろうとする。 悪の根源が無くなった今は、南国特有の甘い匂いが漂う平穏な事務所に戻った。 悪いものは去った。これからは屋根のシーサーが護ってくれるだろう。 支店長の居場所が分かったと、東室長にはメールで報告して、翌朝の指示を待つことにした。  こうして、僕の出張業務は終わりを告げた。

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