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第254話夏の宵に君へ伝える11
(なごみ語り)
使うことは無いだろうと、スーツケースの奥へ突っ込んでいた麻のパンツと白シャツ、サンダルを引っ張り出す。トイレで素早く着替えてから、近くでレンタカーを借りた。
コンパクトな車に2人で乗り込み、隼人君の希望で水族館へ向かう。水族館へ行くのは、子供の頃以来である。実にカップルらしいチョイスにお腹の底がむず痒くなった。
「うわぁ……青くて眩しい」
高台にある駐車場からは、白い砂浜とコバルトブルーの海が見えた。空も海と同じくらい青い。強い陽射しは、東京のものとは明らかに違った。じわじわと皮膚が焦げるように焼けていく。
カラッと晴れた空と南国の香りに、身体が喜んでいる。
「なごみさん、空をゆっくり見る暇さえ無かったんですね」
「毎日事務所に箱詰めだったから、やっと開放された気分だよ」
土曜日で、そのうえ夏休みだからか、観光バスやレンタカーがごったがえしている。しかも子供や家族連れが多く、とても賑やかだ。みんな笑顔が輝いている。
手こそ繋がなかったものの、普通のカップルらしく他愛のない話をしながら、水槽で優雅に泳ぐ魚を眺めた。
パンフレットやテレビでお馴染みの「黒潮の海」は圧巻であった。下から眺めるマンタは、自由に飛んでいるかのように水中を舞う。水族館の象徴とも言えるジンベイザメは、とても愛らしく口を開けていた。
太陽の光を受けた青い世界は、隼人君そのものだ。透き通るように純粋で、暖かく、とても綺麗だ。包み込まれたら最後、抜け出せないくらい居心地が良い。
水族館を出ると、日が傾き始めていた。
「実は泊まるところを決めてあります。急だったんで、希望を聞かずに空いてるところを予約しました。構わなかったですか?」
「全然。ありがとう」
「他に行きたい所が無ければ、このままチェックインしたいです」
「そうだね。僕もゆっくりしたい。お腹も空いたし」
隼人君の手が運転席から伸び、僕の太股を撫でる。過剰に身体が反応してしまうも、徐々にスイッチが入っていく。
ずっと仕事モードで張り詰めていた。本当は甘えたくてしようがなかったのだ。これは社長からのご褒美だ。思いっきり堪能させてもらおう。
リゾート地は、いつもより開放的な気分にさせてくれた。
「隼人君。今日は来てくれてありがと」
「…………ええ」
「こうやって、恋人と観光できるなんて、夢にも思ってなかった」
「俺もです」
僕は彼の腕に自らの手を絡ませて、ぎゅーと抱きついた。僕の大好きな、隼人君の腕だ。
「ちょ、危ないから離してください」
「最初に触ってきたのはそっちじゃん」
「それは、あんまりなごみさんが……よそよそしくて……様子見で触っただけです」
「ん、ごめん。場所が違うから緊張してた」
「続きはホテルでしましょう。俺も我慢してますんで。ほら、離してください」
「……はい」
スルリと腕を抜かれた。
海岸線の海は一段とオレンジに輝き始め、徐々に染まっていく。さっき見たアカウミガメの甲羅の色にとてもよく似ていた。
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