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第269話StayHome9
それから、余韻も程々に2人で仲良く片付けをした。もう一度お風呂に入り、寝支度をする。布団の中では、当然のように抱き合ったりキスをしたり、心ゆくまでじゃれた。その後は泥のようにぐっすりと眠った。
日常は、幸せで溢れている。決して悲しいことばかりではない。今日を無事に生きられたこと、愛しい人を自分なりに大切にできたこと、ほんの些細なことでも自らの誇りにしよう。
僕には愛する人達が傍にいる。それだけでいいではないか。欲張ってはいけない。最愛の人に出会えたことを感謝して、地に足を着いた生活をしよう。そう心の中で誓った。
僕達なら何があっても乗り越えていける。
「なごみさん、ネクタイはどれがいいですか?」
久しぶりの出社日、僕の恋人はとても浮かれていた。これほど仕事が好きな人をあまり……というか見たことがない。浮き足立っている。
ちなみに、僕の所属する秘書室は暫くリモートワークが続く予定だ。
「隼人君にはこれが似合うと思う」
沢山のなかから、僕は水色のネクタイを指さした。
「これって、俺が新人の時によくしていたやつだ。若すぎません?」
「あの頃を思い出すんだ。パソコンが言うことをきかないとか、通達の意味わからないとか、些細なことで僕を振り回していたでしょ」
「ま、ま、また、あの頃の話をする。穴に埋まりたくなるので、やめて下さいっ」
と言いつつ、隼人は僕の指定したネクタイを締め始めた。
「可愛いかったんだよね」
「…………え」
「新人の君は本当に可愛かった。だから、中堅になってもこの気持ちは忘れて欲しくないな」
僕は背伸びをして、手の止まった恋人のネクタイを代わりに締めてあげた。
「お仕事、頑張ってね」
「な、なごみさん……俺……」
ちゅ、と軽くキスをする。ワンコはもっと欲しそうにこちらを凝視しているが、離れ難くなると困るので、そのまま流した。
「ご飯作って待ってる」
「それはいいです。俺が作りますんで」
「えー、なんで?」
「この間、包丁で手を怪我したでしょう。危なっかしいから1人で料理は禁止です」
彼の過保護に苦笑いをする。そこまで言うなら密かに買い物へ行って作ってやろうと、小さな決意をした。帰宅後、彼は驚くに違いない。
「では、いってきますね」
「いってらっしゃい」
もうすぐ夏がやってくる。夏の香りがする風を肌に感じながら、愛しい人の後ろ姿を見送った。
【END】
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