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◇ 「ぅ……あ、あの…さ、匠」 「何だ?」  何だ? じゃないんだけど…。  あの後俺は大学から引きずるようにして匠の部屋に連れていかれ、何故か互いに上半身を裸に剥いて向き合っていた。  晒された匠の肌は想像以上にきめ細かくて綺麗で、同じ男なのに目のやり場に困る様な、香り立つ色気が溢れていた。思わず顔を背けると、だがそれは匠の手で元に戻されてしまう。 「夕士」  咎めるような声で呼ばれ仕方なく視線を匠に戻すと、長いまつげに縁どられた瞳が俺をジッと見ていた。 「いつもどうしてるのか、俺にやってみせろ」 「え!? え、ど、どこから?」 「始めから」 「始めから!?」  始めって、俺、当たり前の様にキスから始めるタイプなんだけど…。それこそ“教科書通り”と言われた俺だ、奇抜なスタートダッシュなんて考えもつかない。何だよ、奇抜って、どうすりゃ良いんだ?  俺の思考はグルグルと妙な回転を始めていた。 「えっと…、いつもキスからなんだけど…」 「ん、」  来い、とばかりに目を細めた匠に俺の頬が引き攣る。こいつ、本当に実践させる気か?  でもよく考えてみれば、俺はアルファとしてかなり恥ずかしい振られ方をしている訳だし、これから先『セックスが下手な男』なんてレッテルを貼ったまま生きていく訳にもいかなくて…。そうして追い詰められた俺の思考は、またしても可笑しな回転を始める。  つまり、ここは膨れ上がって破裂しそうな羞恥心を捨ててでも、プライドさえもかなぐり捨ててでも匠にご教授頂くしかないのでは、と思えてきたのだ。  人間追い詰められると、摩訶不思議な思考回路が構築されるものである。  俺はそっと匠に唇を寄せた。 「んっ…」  いつも通り軽く触れ合うのを繰り返し、ぺろりと舌でその弾力を確かめれば薄らと唇が開かれる。内側へ入り込んだ後は徐々に深さを変えていき、奥に引っ込んだままの相手の舌を探る様に動かした。  匠はオメガの真似をしているのか、彼のイメージに全く合わない奥手なキスを返してくる。だがそれは、今まで俺が付き合ってきた恋人たちのキスと酷似していた。だからきっと、錯覚を起こしたのだ。  いま俺は、恋人を相手にしているのだ…と。

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