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俺は元々隣県のごく普通の進学校に所属していた。
父母はごく普通の会社で働いていて、ごく普通に兄弟がいて……。
ただ、その兄弟が普通じゃなかった。
姉は四年制私大を二回留年の3年生
兄はミュージシャンになるとかで部屋でギターと恋人してるし
双子の弟は中学でサッカー漬け
妹はピアノでコンクールを三連覇中
更に母の腹にはもう3人が一塊で入っているらしい。
子沢山すぎる……。
9人(予定)兄弟を抱えて稼ぎは平均的。
しかも稼げる年の上二人が収入的に使えない。
しかもまだ幼いと言っていい年齢の弟妹は習い事や部活で何かと要りようだし、
試合だコンクールだでいい成績を残していることもあってやめろとも言い難い。
俺自身は進学校で、頭もよかった方だし公立校だから制服だ何だと教科書代を除いた学費はそんなにかからない。
部活はしていないし、家庭の状況が危ういからと学校の了解を得てバイトもしていた。
それでも、月末には胃薬をラムネ菓子みたいに噛みながら家計簿に向かう母、
日付が変わってから帰ってくる父はここ数年で60キロ代と80キロ代を行き来している。
期末時期だろうと遊び歩いているコギャルみたいな姉に
内定が出たのを親にも黙っていたどこか上の空の兄。
...よく考えたら普通じゃないな俺のうち。
と思っていた矢先。
姉が二回目の留年を前期でもぎ取り
就職して家を出たはずの兄が2ヶ月足らずで帰ってきた。
父母に高校をやめて働くと進言しようと決断するために俺の頭がかけた時間は3秒もなかったと思う。
「俺は別にいいよ。一回やめて、高校卒業認定取ればいいし。素晴は一回言い出したら諦めるまでに時間かかるし、お袋も産休とるだろ?その間は俺が埋めるよ。子供増えるから厳しいかもしれないけどあいつも働きだしたらもうちょっと楽になるだろうしさ。」
もうすぐ夏休み、というより一学期の期末考査がある時期に勉強部屋にこもらず、日付が変わってから帰ってきた父の帰りを母と一緒に待って、大事な話があるからとリビングに来てもらった。
原稿があったわけじゃなかったが思ったよりもスラスラと自分の考えが出てきた。
考えていたというよりはこうするのが最善だろうという案が組み上がっていたと言った方がいいかもしれない。
俺の話を聞いた母は涙ながらに謝り倒し、父は俯いたまま何も言わなかった。
あの時父も泣いていたんじゃないだろうか。
涙が出ていたのを確認した訳では無かったが、眉間に皺を寄せて何かを耐えていた父親の顔は一生忘れないと思う。
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