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第2話

フォスは台所の傍で、ナッツを摘みながら真面目に机に向かうサージュの後ろ姿を見つめていた。 サージュがこの家に突然たずねてきたのは確か8年ほど前か。 家に対する反抗心のみで、村外れの森のまた外れのこの家に立てこもって数年。はじめこそは親の使いが色々と訪ねてきたが、それも諦めたのか徐々に減ってきたころサージュはポツンとやってきた。 また親が新しいのを使いとして寄越してきたかと思っていたが、彼は「弟子にしてくれ」と言ってきた。 はじめは何言ってんだこいつ?となったが、暇つぶし…というかせめて仕事くらいはしないと細々と作っていた魔法道具を持ってきて「天才です!この陣!一緒に研究しましょう!」と言われた時は本当に「何言ってんだお前」と声に出していた。 確かに、魔力には恵まれた。それは、家系のお陰に他ならないのだが、それに甘えずに勉強も積んだつもりだ。しかし、褒められる事など一度もなかった。それが、マギーア家として当たり前だと。族長を継ぐ者として当然だと。 気がつけばその全てがしがらみとなり、フォスを縛り付けていた。それでも耐えた。一緒に切磋琢磨し、共に歩み、共に笑った双子の兄がいたから。 しかし、ある日突然双子の兄が居なくなった。「疲れたごめん」と書き置きを残して。 それを見た時に、「俺も疲れた」と同時に自分も家を出た。 自分が甘かったのは、村外れの森という父親の管理下を出られなかった事。双子の兄はどこかもう行方知れずだというのに。 日銭を稼ぐために魔法道具を細々と作り、友人に頼んで売ってもらっていた。隠れていたつもりだったが、すぐに見つかった。それから何度も何度も帰ってこいと言われたが、サージュが来て、どう父親と話をつけたかは知らないが、父親の使いはパタリと止んだ。 その代わりに難しい論文や、研究を山ほど持ってきて意見を求めてきたり、新しい陣を聞いてきたりと色々と忙しくなった。衣食住はサージュが全て管理してくれた。気がつけばサージュは見事、フォスの弟子となっていたのだ。 最初こそ可愛げがあったものの最近はまるで小姑のようにあれやこれやと言ってくる。 つまみ食いするなとか、ちゃんと定期的に湯浴みしろとか、洗濯もマメにしろとか、ちゃんと布団で寝ろ、仕事しろとか、論文読めとか、陣を考えろとか、つまり仕事しろとか…。 いつの間にこんな風に…?とサージュの後ろ姿を見たが、必死に論文を読み、解読し、何か纏めている。あんなに頑張っても魔力が弱いのは家系のせいだ。血液のせいだ。それでもそれを埋めるように努力するサージュ。偉いなと思うものの、フォスはやっと手に入れた自由をまだ噛み締めいたいのだ。 サージュは必死で論文を読みながらもさっきの師匠の言葉を思い出していた。 魔力は…口から手が出るほど欲しい。 自分の生まれは魔法使いと普通の人間との間に出来た子供だ。 ひと昔前なら考えなられなかった。魔法使い一族はずっと他と交わりを持たなかった。そのお陰で強い魔力を保っていると考えられていたが、段々と先天的奇形を持つ子供が増えた。それは同種で交わりを繰り返し、血が強くなったせいだと分かったのは数十年前だ。それから積極的に多種の血を入れたが、それでも混血は馬鹿にされることもまだまだ多い。事実、魔力が弱い者が多かった。 しかし、そんなものに屈しないという思いのみで必死に勉強に打ち込んだ。頑張った。クラスの誰よりも頑張った。それでも、魔力の差は年々如実に点数の差となり現れた。 悔しい。悔しい。どんなに努力をしても魔力の差は埋められない。 道具に頼りたくなってふらりと寄った魔法道具屋で見たのがフォスの作った魔法道具のペンだった。 初めて見た時息を呑むほど美しいと思った。施されていた陣は緻密で、しかし斬新で、美しかった。 なんだこの陣は…と。ひたすらに調べて、どうすればこの陣に辿り着くのかと寝る間を惜しんで、それこそ夢にまで見るまで調べた。 そして、はじめて魔法って面白いと思えたのだ。 それからは少し考え方を変えた。 正直、魔力の差はどうしようもないのだ。これは生まれた時に決まってしまうのだ。だから、同じ土俵で戦っても仕方がない。その頃から誰かに付き、警護するという魔法使いの花形職は諦めた。 魔力が無いものでも魔法って面白いと思えるような魔法道具を、そして、魔法とはなにか、調べたいと研究者を志した。 そして、絶対この魔法道具を作った人に弟子入りしようと決めていた。 調べるとなかなか大変な人だったし、村外れの森の外れに一人で意固地に住んでるし、親、族長だし。 それでも、この人に教えて欲しいと思った。 強力な魔力だけではない。しっかり勉強を積み、そして、とてつもない発想力を持っていると思ったこの人に。 魔法学校でお世話になった教授に話し、族長に話し、みんなに「変わり者だな」というお言葉を頂戴し、森の外れの研究者という職を貰った。 そしてもうひとつ、重大な任務も任された。 四方八方に手を尽くし、手に入れたフォスの弟子という立場。 刺激的な毎日を過ごしている。後悔など少しもない。 それでも、知識は増えど、魔力は増えず。 それは仕方がない事だと諦めていたが、一時的とはいえ魔力が増えるかもしれないと言われれば気にはなる。 しかし、精液など… 気がつけば手元には訳の分からない文字の羅列が増えていた。 「あぁ!もう!」 本当にあの人は余計なことしかしない!お陰で全く集中力が欠け、本日は仕事にならなさそうだ。

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